平林博『フランスに学ぶ国家ブランド』を読む
Date:09/12/4
フランスという国は理念的に定義されており、それはドイツとは異なります。ドイツは民族主義的要素の強い国家ですが、フランスは理念が優先し、国籍も出生地主義をとります(以前、フランスの出生地主義は19世紀に兵力増強策として生まれた、という紹介をしたこともあります)。ヨーロッパ文化部ノートでも、この相違点について「ヨーロッパのナショナリズム」で言及しました。したがって、フランスの「共和国」のもつ意味は大きく、よく引用されるフランス政府の文化予算規模は、この国のあり方と深く係わってくるはずです。フランス文化省の2005年の予算は約4500億円で、国家予算の1%。日本の文部科学省は1016億円。国家予算の0.1%。外務省がもつアリアンスフランセーズは、文化交流やフランス語普及を担当しますが、世界137カ国にセンターをもっています。対して日本の国際交流基金は18カ国。(p 69)

理念的国家概念の成立と文化が表裏一体の関係をなすことはもちろんながら、これは文化が好きであるとかではなく、文化が目に見えない権威をもつことをよく知っているからであると思います。しかも、それは時に無限大の威力がある。それを身近な例にもってくれば、ソムリエ制度です。フランスワインの営業制度としてソムリエを考えると、フランス文化の強さが実感できます。また一民間企業のビジネスですが、レストランの格付けをするミシュランガイドも、東京の食事がどんなに美味しいと評価しようが、結局においては、それは評価する側のフランスの料理価値観の権威付けに貢献することになります。日本の漫画やアニメがフランスにおいて人気を獲得することが、日本のサブカルチャーの地位を高めても、それは文化的権威を看板にするフランス以上にはなりきれない壁があります。
浮世絵が印象派に使われ、懐石料理がヌーヴェルキュジーヌにアイデアを提供し、日本が「世界に影響力をもった」と語るのは道半ばの段階なのです。日本市場の消費者が細かいことや品質に煩いことが外国企業を鍛えるということがあります。しかし、それらの外国企業が、日本市場で受けいられたことを、イメージ戦略のメインにもってくることはないでしょう。かつては、そのような振る舞いをした韓国企業も、今はそうではないと思います。相手に自分の影を踏ませない。そういう仕掛けが沢山あるのが、フランスであると言えるかもしれません。

本書で、元フランス大使であった筆者は、「国のかたち」という表現を何度も繰り返します。この「国のかたち」がみえてこそ、フランスという国のブランドが強い存在感を放つという意味です。その第一に、フランスの文化重視政策を挙げているのですが、例は沢山あります。7月14日の革命記念日パレードに代表される式典。議会からも罷免をうけない強い大統領という元首(米国大統領はウォーターゲートでのニクソンに見られるように、議会から罷免をつきつけらる可能性がある)。冷戦時代を切り抜いた核外交とイラク戦争に強硬に反対した自主独立外交。特定の地域に産出する石油に頼らない原子力発電(発電量の80%。日本は40%)。
言うまでもないことですが、筆者は、これらと同じことを日本でやってブランド力を高めようと主張しているのではなく、ある理念的モデルとそれを構成する代表的要素に関しては、徹底して「考え方」を明確に示していく、それもできるだけ可視化していく重要性を説いています。よって、核放棄も「国のかたち」であり、より道徳的に高い位置にたった日本が、通常兵器と外交力で核の傘のマイナス地位をカバーすべきであるというわけです。思うに、実に難解な抽象性の高い次元に日本は入り込んでいるからこそ、「国のかたち」にもっと知恵と金を使わないといけないといけないはずで、まずは日本の重要な対外文化政策機関である国際交流基金とアリアンスフランセーズの比較を冷静にしてみることは重要です。中国が孔子学院という文化会館を世界中に設置して文化振興を図っている現状も、よく考えてみるべきでしょう。






