庄司克宏『欧州連合 統治の論理とゆくえ』を読む

昨年6月に書いた「ぼく自身の歴史を話します」のなかで、ぼくが20代後半にヨーロッパを自分の活動の場にしていきたいと思ったことを以下のように書きました。

欧州の自動車メーカーにエンジンやギアボックスなどのコンポーネントを供給する仕事でした。その一つに英国のスポーツカーメーカーとのプロジェクトがあっ たのですが、英国人の頑固さと柔軟性に接しながら、ぼくは一つのことを思いました。「何か新しいコンセプトを作っていくには、米国ではなく、欧州のほうが 相応しいのではないか」ということです。もちろん、米国でも新しいコンセプトは生まれますが、過去の遺産と常に見比べながら将来を考える欧州の方に分があ るのではないか。そう思ったのです。

その頃、シリコンバレーがいいかと迷うことすらありませんでした。今でもヨーロッパから生まれる新しいコンセプトの価値をフォローし、それに関与していくのが自分の歩いていく道であると考えています。どんなにミラノのクリーニング屋や鉄道の駅員と喧嘩しようが、それはそれ。話は別です。どこにも嫌なことはあるし、いいこともある。今、目の前にある見える規模ではなく、将来新たな方向を生むかもしれない新しい価値とリアリティに常に関心の的があるのです。表層的なグローバリゼーションや英語の覇権に右往左往する様子を眺めるにつけ、世の中はこうは動かないだろうという確信をずっともってきました。

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EU統合の基本にあるのは、物・人・サービス・資本の自由移動です。そのために可能な限りの調整が各国間で行われ、例えば、ドイツ人がビールとは大麦、ホップ、酵母、水のみで製造されたものと限定することは、物の自由移動に反すると欧州司法裁判所で否定され(1989年、コミッション対ドイツ事件)、ベルギーではカカオの原料によるものだけをチョコレートと認めていましたが、それ以外が混入されているイギリス産の製品も「チョコレート」と呼ばなければならないとEU立法が定め、ベルギーもそれを受け入れることになりました(P 49)。

しかし、その一方で、公衆道徳や国民的文化財産の保護については各国間の調整が認められません。これは経済的な自由を確保するにあたり、文化の多様性の維持が必須であるとの前提に基づいています。経済的合理性が全てを覆うことはありえない。よって、EU市民はEU諸機関などに対し、EU加盟国の公用語のいずれの言語でも手紙を書き、同一の言語で回答を受け取れる権利が与えられています。現在、義務教育課程で、母国語以外に二つの外国語を教えているのも、ヨーロッパという「小グローバル社会」の実現の一端です。およそ単一言語やメジャー言語だけで社会が機能するとははなから思っていないのです。当然ながら、EUと各国の間での摩擦がおこります。次のような事例が具体的にあります。

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妊婦が国境を越えて産婦人科から合法的に妊娠中絶の処置を受けるとき、EU法上はサービスの自由移動(この場合はサービスを受ける自由)として扱われ、問題を生じない。しかし、宗教上の理由から加盟国憲法で禁止されることもある。

本書で例が挙がっているのがアイルランドです。中絶を禁じているアイルランドでは、年間8千人ものアイルランド女性が中絶のために英国に渡っています。今から20年ほど前になりますが、14歳の女の子が友人の父親にレイプされて妊娠するという事件があり、彼女の両親は英国で中絶手術を受けさせようとロンドンに彼女を連れて行きました。しかし、アイルランド当局はそれを違法としたため、彼女は帰国せざるをえなくなります。そして、アイルランドで女の子は自殺を考えはじめます。結果、最高裁判所は「妊娠中絶によってのみ回避できるような生命に対する真の危険が母親に差し迫っている場合には中絶を許容される」((p96) としたのです。そして、1992年、アイルランドの憲法自身が改正されるに至りました。

国は胎児の生命に対する権利を承認し、並びに、母親の生命に対する平等の権利に適切に配慮して、その権利を尊重すること及び実行可能な限りにおいてその権利を擁護し、かつ、主張することを法律により保障する。

本規定は、わが国と他の国の間を往来する自由を制限するものではない。

本規定は、法律により定める条件に服して、他の国で合法的に利用可能なサービスに関する情報をわが国において入手し又は利用に供する自由を制限するものではない。

上記の下線部分が改正されて追加されました。こういう調整を延々と継続している国々に、新しい社会圏の創造に向けたノウハウと知恵が蓄積されないわけがなく、ここに新しいコンセプトを生む萌芽があるだろうとぼくは睨んでいます。平板なグローバリゼーション論とローカリゼーション論に懐疑を抱く理由でもあります。残念ながら(?)、ぼくは古典的なヨーロッパ文化のファンではないのです。

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Category 僕自身の歴史を話します, 本を読む | Author 安西 洋之