僕自身の歴史を話します(8)ートリノの生活

1990年3月にトリノに来たぼくは、何をしていてもいい言われ、毎日ブラブラしていました。昼間からカフェでビールを飲んで、明るい日差しのもとでボンヤリとバロック建築の街並みや人を眺めていたり。その年の秋頃でしょうか、突如、何かをやりたくて仕方がなくなったのは。トスカーナの文化センターとなる狩の館の改修工事が進んでいたので、文化事業に首を突っ込んでみたいと思うようになったのです。欧州における日本研究の現在を知ろうと、英国の大学をスコットランドからロンドンまで専門の教授7-8人と会う旅もしました。

都市計画関係のネットワーク作りをスタートさせたのもこの時期。文化センターの構想を話し合う会議には、色々な人間が集まりました。心理カウンセラー、医者、美術史研究家、建築家、実業家・・・と多様です。テーマは「文化の違いを知り、それを受け入れるにはどうすれば良いのか?」。

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そういう会議に出席しながら、ぼくは何となく分かった気になりましたが、でも眠気も感じたのも正直な感想です。その時、宮川氏に言われました。「君にはまだ難しい話だろうな。あと10年くらいしないと分からないと思うよ」。「えっ、そんな!」と反発もしましたが、本当、その通りでした。文化の違いをディテールとコンテクストの両方から身をもって知るには、まだまだ時間と経験が必要だったのです。

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Category さまざまなデザイン, 僕自身の歴史を話します | Author 安西 洋之