松本洋『地球建築士』を読む

「グローバルに考えてローカルに活動せよ」とよく言われますが、「ローカルを見据えたうえでグローバルに視野を広げろ」というのが、六本木の国際文化会館理事をつとめた松本洋氏の主張です。人はグローバルな視点を最初のステップでもつのは無理である、との認識が前提になっています。これはもっともな意見で、宇宙船から眺めたような地球を常に思い描いて考えきれることは、そう多くないでしょう。チャールズ・イームズの「パワーズ・オブ・テン」でみるようなスケール変化を意識的に行うにせよ、適当なスケールから思考を出発することが何よりも肝心だと思います。最初は人の顔のみえるスケールであり、皮膚細胞に入りすぎても、あるいは大気圏の外にでても、妥当性のあるコンセプトを作るには至らないでしょう。

国際協力に多くの時間とエネルギーを割いた松本氏の人生を振り返ったこの書のなかで、ぼくがとても興味を覚えた部分は、日本道路公団でやった彼の仕事です。今でこそ道路公団は社会的攻撃の対象にされていますが、松本氏が入った1960年代は、日本で最初の高速道路である名神高速道路の設計・施工の時代です。何が面白いといえば、これから道路は土木のみの世界ではなく、建築の世界と統合されていくとの認識を一部の建築家などがもちはじめていたということです。当時サービスエリアはまったくの付属施設としか考えられず、いわんやそのサービス施設を道路をまたぐブリッジ形式にしてランドマーク化を図るなど論外だったといいます。時速100キロでの世界など殆どの人が経験していなかったのです。だから、多くの人にとって、サービスエリアがどうしてそれほどに重要なのかを知る術もなかったわけです。

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ITSの都市計画への組み込みに対する感度がなかなか得られない今の時代を焦燥感をもって眺めているぼくにとって、松本氏が50年近く前に抱いた気持ちは、リアリティをもって想像できます。また、時速100キロという状況にあわせた各種のサイン計画に取り組んだプロジェクトも、カーナビ情報の認知向上に係わる仕事をしているぼくには、頷く点が非常に多いです。PCという静的シチュエーションにおける認知と、カーナビというゼロ・コンマ秒がキーとなる動的シチュエーションでの認知には大きな乖離があることに注意を喚起することを常々話している人間にとって、それまで時速50キロ以下の世界しか知らない人たちが時速100キロでどう道路標示を認識するかに悩む姿には共感しまくりです。

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もう一つ、ここで知ったことがあります。IPS(インター・プレス・サービス)というメディアの存在です。「声なき声」を拾っていくことがモットーになっています。ロイター(英国)やAP(米国)あるいはAFP(フランス)という通信社は、所属する国の価値観でニュースが選択されていく傾向にあります。それは結局のところアングロサクソンやフランスなど大国の価値観で世界が構成されていることにさほど気づかずに、現実をフォローせざるえをえない国の人々を不利に追い込むことになります。IPSは大手通信社が拾わない、あるいは捨てるニュースを拾っていくのです。1970年代、国連の広報担当事務次長であった明石康氏が「もう一つのメディア」を作る改革を推し進めようとしましたが、これが英米諸国に潰されたというエピソードは象徴的です。松本氏はIPSジャパンの確立にも貢献しました。現在、このIPSは世界に450人ほどの特派員がいて、規模では世界で5番目の通信社です。日本語は少々更新の頻度は低いようですが、英語版をみると活発さが窺えます

IPSの活動意義は高いと思います。ヨーロッパに限定しても、色々な問題を共通のメディアで論じ合うということがなかなかできません。各国とも各国語のメディアがそれぞれ取り仕切っており、英国のエコノミストやFTなどの英語メディアが欧州トピックをカバーする傾向にあります。そういうなかで、各国紙の英語サマリーを更新しているユーロトピックスのようなオンラインメディアがあり、詳細は各国語のオンラインに飛ぶようになっています。しかし、これもEUの人たちがこれで同じ話題を語り合うというレベルにはとうていいたっていないのです。が、大切なのは多くの複数のメディアが存在することです。これを維持することが大事です。そういう観点からも、IPSのような存在自体が第一に貴重です。そして、いくつか、少なくても3つの視点を各個人がもてるようにすること。これがバランスある世界を作っていく必須条件かとぼくは考えています。

尚、松本洋氏は初代国際文化会館理事長の松本重治氏の息子さんで、この本には国際文化会館がロックフェラーの協力のもと設立され、その建物がどういう経緯で建て替えではなく保存されるに至ったかも記されています。ぼくも国際文化会館には時々出かけ、先日もそこの会議室で勉強会を開催しました。あの緑溢れる庭と静かな佇まいの空間には温かみがあり、快適です。

そういえば、吉田茂は何度か松本重治氏に駐米大使や国連大使を受けて欲しいと依頼したそうですが、その説得役はいつも松本重治氏の神戸一中の後輩、白洲次郎氏でした。しかし、国際文化会館に後半の人生をかけた松本重治氏が、その依頼を受けることはありませんでした。堅苦しい世界を拒否した面もあるかもしれませんが、自分の住まう場所を決めた人の言動とはそうだろうなとも思います。

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Category 本を読む | Author 安西 洋之

Comment

  1. 久宗恭子 

    安西洋之様

    はじめまして、ヒサムネキヨコと申します。
    私はこちらのブログにあります「地球建築士」著者・松本洋の代理で安西様にご連絡をお送りさせて頂いております。

    本日、私の友人より安西様のブログに「地球建築士」のコメントがあることを知らされました。早速、松本様にお読み頂きましたところ、大変に感動されてお喜びになられておりました。

    松本様は安西様がコメントされた内容こそ「地球建築士」の真髄であり、古めかしい言葉を現代の方々に分かりやすく伝えてくれた事に大いに感謝と御礼を言いたいといわれ、直ぐに安西様との連絡を取るようにとの事でこのメールをお送りしております。

    松本様は「僕が何を伝えたいのか全て理解している。安西様のお住まいのイタリアに今すぐに飛んで行って、手を取ってアリガトウと言いたい」とも言われておりました。

    安西様に松本様よりご連絡をなさり、直接にお話をされたいとの事です。
    松本様はE-メールはなさりません。勝手なお願いで申し訳ございませんが安西様のご連絡先をお知らせ頂ければ幸甚でございます。

    突然のお願いでのご無礼をお許しください。
    以上、宜しくお願い申し上げます。

    久宗恭子