長期戦は思想の確立で勝つ

昨日、三島の料理屋で社会学者の八幡さんと酒を飲み交わしながら話した内容を、少々かいつまんでメモしておきます。日本に滞在して約1ヶ月になりますが、この1ヶ月で「やはり」と「えっ!」を交互に感じたエピソードや人の言葉を思い出しながら、ぼくの今考えていることを話していき、それに八幡さんが多くのコメントをくれました。

「世の中で一番長期にわたって一定のポジションをとれるのは、思想性のあるものの普及だ」というコメントは、ぼくが強烈に実感していたことです。人の考え方に影響を及ぼすことがブランドの強さであり、よく言われるブランドの作り方や仕掛けはいわば二の次です。「アマゾンもグーグルも成功する前から、そこには強い思想性というか哲学性を感じた」ということです。先週、御嶽山に滝修行に一緒にいったアイルランド人が「自分の名前が売れることより、いつのまにか自分のコンセプトが世の中に普及していることに最大の喜びを感じる」と語っているとぼくがいったら、「それは聖書の考え方だね」と八幡さんは答えました。

ds

それでぼくは前々から思っていたこと、「松下幸之助や本田宗一郎などが語る哲学は成功しはじめてからの内容が強く、事業をはじめる以前に本当に考えていたことはどれだけあるのか・・・」という疑問を提示し、彼らが事業家として大成功したことと、彼らのブランドが世界で「哲学的に」定着しているか、という二者に乖離があるのではないかということについて、八幡さんも同様の感想をもっていました。ネスレ、P&G、ユニリバースなど大きなシェアをもっている会社は、そこにいやおうなしにあるフィロソフィを感じますが、それと同様のことを日本企業で感じることは稀である、と。

「面白い考え、革新的な思想の多くはケンブリッジやオックスフォードから出ていて、ハーバードじゃないんだな。後になって本人を米国に連れてくることはあるけど・・・」と八幡さんがシンボリックなエピソードを出してくれましたが、有用の学からではなく、今の世の中では無用の学といわれがちなフィールドこそが、世の思想を引っ張っていることを認識すべきでしょう。先週、明治大学の管啓次郎さんも「経営学はその社会で通じる言葉を習えるかもしれないけど、それ以上のものではないよね」と言っていましたが、八幡さんは「経済学のように数学的に把握できる内容が学問の成熟度をあらわすとしたら、哲学は一体どうなるんだ?」と語ります。ぼくはこうした内容を反芻しながら、東海道線の上り電車に乗り込みました。

bi

ビジネスに関する多くの論議のなかで、この長期的戦略のベースになるもののコアが、実は空虚であることを指摘する人がいても、それはビジネス的ではないと退けられがちです。しかしながら、結局のところ、ブランドの裏づけとなる思想を確固としたものに形作らないと、それは効率の悪いビジネスの再生産を繰り返すことになります。聖書は毎年億の数で出版されているのです。これをブランドビジネスの面から考えてみてください。

そして、これはデザインについてもまったく同じです。英国人の若いデザイナーが「教養のないデザイナーってナンボのもの?」と語ったとき、ぼくは「これでは、日本のデザイナーは負けるな」と思いました。日本の製造業が海外に拠点をどんどんと移し、日本のデザイナーがデザインをする舞台を失った時、日本のデザイナーに何が求められるのでしょうか? 頭と心の両方に痕跡を残す試みがどうしても必要です。何を見て、何を見ないか・・・の選択を前にした判断が大事です。そして、それは人を頼ることなく、一人の領域を意図的に広げてやることです。

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category 『ヨーロッパの目 日本の目』, セミナー・講演など | Author 安西 洋之