御嶽山で滝修行をする
Date:09/10/26
ヨーロッパ文化部ノートで「日本文化はゴシックだ」と言ったアイルランド人の友人を紹介したことがあります。下記です。もちろん、単なる友人だけではなく、もう15年近く一緒にいろいろな仕事をしてきたパートナーです。
http://european-culture-note.blogspot.com/2009/04/blog-post_12.html
彼は小学生の時にダブリンの東洋美術館で日本美術に接し衝撃的な感動をうけ、それ以来、熱い日本文化ファンです。その彼が今から4年前、一緒に日本に来たとき、「御嶽山に滝修行にいく」と言いました。そのとき、「まあ、変わったことをやる人間だから、いいんじゃない」くらいに思いました。滝修行から戻った彼が、パワーポイントでその経験をプレゼン資料にまとめたのには驚きましたが、他人事で聞いていました。その後、会う人ごとに「御嶽山に一緒に行こう」と誘うのですが、全員、「ああ、ちょっと都合が悪いから、次回ね」という回答です。予想される反応です。しかし、彼が、今年の6月にも一人で出かけたのを見て、ぼくの心境も少々変化をはじめます。
先週1週間、彼と毎日行動しながら、今回は御嶽山に付き合うかと思いはじめた。彼の説得に折れたというより、「そんなに普通の人間が経験しないことなら、経験しておいたほうがいいかもしれない」「世の中がキュウキュウしている今、たまにまったく別のことで頭の切り替えをするのもいいかもしれない」と考えたのです。御嶽山の滝修行は神主さんが教示してくれるのですが、滝修行は山伏の修験のひとつで、宗教的背景も薄いとみなしていいと思ったこともあります。それで週末、都内のホテルから奥多摩に近い御嶽山の宿坊まで、中央線、青梅線、バス、ケーブルカーを乗り継いで約三時間かけて出かけました。
アイルランド人に案内されるというのも奇妙ですが、ぼくがイタリア人にイタリア人の知らない場所を案内することもままあり、母国のことだから端からは端まですべて知っているわけではないので、知らないことを恥じることもありません。聞くところによると、御嶽山には毎年1000人くらいの人が滝修行に訪れますが、なんとその80%は女性のようです。以前はグアムやハワイに出かけた人たちが御嶽山に行くのでしょうか。分かりません。ハイキングを楽しむ人たちは老若男女ですが・・・・。
前夜は早く寝て朝5時に起き、山道を約30分。言葉を発してはいけません。滝につくと、男性はふんどしだけになり、滝に入る前のトレーニング的儀式を行います。30分の徒歩で体が温まっているためか、海抜1000メートル近い10月下旬の朝6時でも思ったほど寒くありません。しかし、滝つぼに足を一歩踏み入れると、猛烈な冷たさにびくっとしますが、ここで「寒い!!」とか「冷たい!!」という悲鳴をあげてはいけません。実際、滝の水を浴びるのは一人10秒で三セットですが、その前後に時間を費やすのです。したがって裸でいるのは約1時間。要するに、体を動かし大きな声をあげないと、その空気に負けてしまうのです。
新鮮な経験でした。モノを考える余裕などなく、ひたすら言われることについていくことで精一杯でした。もう少し瞑想的な時を過ごすのかと想像していましたが、もっと瞬間的なダイナミックな時間でした。確かに辛い時間とも思えましたが(だいたい雨の中を歩いていったのです)、何かを得るのではなく、何か降ってくるものを捕まえるというのは、こういうことかもしれないなぁと思いながら、宿坊に戻りました。ちなみに、アイルランド人の友人は、あるとき、ナショナル・ジェオグラフィックで日本の滝修行の記事を偶然読み、2005年、日本に来たとき、宿泊したホテルのコンシェルジュに「どこで滝修行ができるのか?」と聞いたら、御嶽山を紹介してくれたようです。
御嶽山も、もともと豊作を祈る農民がお参りにきていたのですが、その数も年々減り、宿坊に宿泊する人たちが減ってきました。そこで観光客誘致もかねて、10年ほど前から滝修行を一般の人たちに教えるコースができたということです。文化が時代によって姿を変えるのは、理由なきことではない・・・と思いました。






