2009年東京モーターショーでみる「現代」
Date:09/10/25
水曜日と金曜日の二日、幕張の東京モーターショーに出かけました。本当は一日ですませたかったのですが、都内でのアポの関係上、各2-3時間で細切れで見るしかありませんでした。そのおかげで2回目はかなり違ったアングルから見学することができました。1日目はプレスデイのため、話を聞きたい人から話を聞けました。最初に感想をいうと、ぼくの視点からすると面白い展開になっています。出展社は少なくなっていて空きスペースも多く、さびしいこと限りないといえば、そうなのですが、新しい胎動が感じられます。
この10年ほど、いわゆるエコカー(ハイブリッド、EV,水素など)が、あくまでも脇役であったのが、主役として舞台に上がらざるを得なくなってきた。それは自動車メーカーにとって、やや苦々しい部分があるかもしれないが、いつまでも舞台裏でグズグズ言っていられなくなってきた。岐路で新しい道を進むしかないという判断が鮮明に見え始めました。正確にいえば、以前、「電気自動車を作るのはやさしいか」で書いたように、まだまだグズグズ言っている人はいそうなのですが、顔を背けていることができなくなってきたというところです。もちろんメーカーによって、突進中の会社と疑心暗鬼の会社がある。あるいは突進したくても余裕がないという背景の違いはあります。しかし、2-3年後にも内燃機関だけに拘る量産メーカーはないでしょう。
ぼくは1980年末頃から、都市計画と自動車の開発の同期化ということを夢見てきたのですが、90年代にITS(Intelligent Transport System) が話題になってきて、「そろそろ、ぼくの考えていたことが現実性をもつ時代かな」と思いはじめました。しかし、それぞれの技術が散発的に出てきて、それがある統合されたカタチにはなかなか至りませんでした。カーナビシステムも、その統合されたカタチの一要素としてこの10数年、普及してきた感が強いです。地理情報とクルマの機能がリンクしはじめていますがーたとえば、カーブでは自動減速するー、全体からすると「芽がみえてきた」という位置づけであっただろうと思います。
それが思わぬところから、クルマのコンセプト自身の変更を迫る状況がつくられてきました。温暖化の要因としてのCO2削減と経済恐慌脱出の道としてのエコカーです。いずれも、政治的社会的バックアップがあってこそです。日産は来年末に出すEV「リーフ」で住居→クルマへの電力供給をシステムとして作り始めるし、トヨタもプラグインハイブリッドで同様の提案を具体的に提示しています。三菱自動車も電力の双方向の移動を可能とする道を探しています。残念ながら、まだシステムの「起動」までには時間がかかるにせよ、(公共交通ではなくパーソナルな)クルマが社会全体のシステムとよりWEB的リンクをもっていくことを示唆しています。エネルギー管理システムがクルマ自身のあり方を変えていく未来が見え始めたのです。
これはヨーロッパで始まっている、企業や集団ではなく個々人がCO2を管理しないといけないという議論の動向とマッチしています。CO2を排出し過ぎれば、翌年の課税が重くかかってくるということになれば、上述した管理システムはよりプラクティカルなものになるざをえなくなります。これがもつ意味は大きいです。今回、自らいろいろなスタンドで情報収集するだけでなく、興味をもったスタンドからやや距離をおいて、しばらくそのスタンドを眺めるという観測も試みてみました。人がどのくらい、ぼくが興味をもっていることに注意を払うかが知りたかったのです。知るべき人は知りつつあるが、その重要性に気づかない人もいる・・・という印象でした。
モーターショー恒例の六本木アクシスと原宿のクリエイティブボックスでのデザイナーのパーティにも2日連続で行きましたが、ぼくの感じるところ、上記のテーマがどういう意味をもつのかをリアル感をもって認識している人はまだ少ないですが、潜在的に意識しはじめている人たちは増えつつあると思いました。今、誰もがiPhoneのユーザー経験を驚きをもって語るように、早晩、環境問題周辺の状況がどうデザイン事情を変えるか、これはかなり確実性をもって「変化」を予測できる時代にきたと言えそうです。詳細はまた追って・・・・。






