レストラン・ナルカミで思ったこと

先週のことを週末に書こうと思っていたのですが、叶えず。まずはヨーロッパ文化部ノートに「駐日ドイツ大使の講演会」「JETROでの勉強会」で書いたように、自分より若い世代にヨーロッパ文化について語りかけていくことが大事なのだと痛感しています。もちろん同世代も、その上も大事なのですが、ある会話でピンときました。

上記の集まりとは別のところで、夕食を何人かでとっていたのですが、そのときに新聞記者の方が「我々の世代が日本の社会を変えていくしかない。上の世代にはお引取り願い、我々に任せて欲しい。我々は団塊ジュニアで数が圧倒的に多く、ここで日本を変えていかないといけないと、後にチャンスがない!」と強い意志を示しました。すると、同じ30代後半の国会議員の方が「そうだ、同じ気持ちだ」と言いました。

30代の人たちの焦燥感をひしひしと感じました。今までもここで何回かネット上でみる「世代間ギャップ」「世代間論争」には触れてきましたが、自分たちが今やらないと後がないという状況認識は正しいと思います。全員が全員、このような気概をもっているわけではありませんが、この世代がもつ危機感に対応することが重要なのではないかと遅まきながら気づいたのです。そして、やはり圧倒的にフットワークが軽い。JETRO内の勉強会をオーガナイズしてくれたのも30代の方です。

閉塞状況への打破と新しい社会のあり方を考えている人たちはどの世代にもいますし、それは個々人の問題であることは確かです。が、ぼくが話しているビジネスにおける文化理解の重要性は、ヴァーチャルのリアリティをどれだけ肌身で知っているかがベースになります。とすると、それなりの電子機器デバイスやネットの経験を人と日常で語り合うことがないと、テーマへの親近感に欠けるのだと思います。もちろん、そういう側面からだけでなく、時代の住みにくくさを体のなかで感じているのでしょう。だから、社会変革への切望度と必要度も高いのです。

話は変わります。ぼくはオリーブオイルのビジネスにも関わっているのですが、そのために先週は、トスカーナに住むドイツ人のメーカーオーナー(上のハイパーリンクにあるYouTubeのビデオの主人公)と一緒にスーパー、デパート、ワインバーなど新しい市場の開拓のために足を棒にして歩き回りました。そこで感じたのは、東京ではエスニック食材が割とプレスティージが高いということです。ヨーロッパで南米や中東などエスニック食材店は街の中心ではなく、移民の多い街のはずれにあり、ある特定の階層を除いて、あまり積極的に足を運ぶことがありません。それにたいして都内では「外国人の客が多い」ことは、トレンディのしるしになっており、日本人のフォロアーがつくという構造が「いまだ」にあります。

「地産地消」という言葉のもとに生産者の顔がみえる国産の食材がかなりの価格で取引され、一見、輸入食材は劣勢のような風景があるようにも見えますが、一橋大学大学院教授の石倉洋子さんがいうように「ORからAND」の今、どちらの食材にもマーケットがあることが、上の例でもよく分かります。実際、国産品を売りにしているレストランでも、メニューをよく見ると、輸入品が少なくありません。「売り」と「実際」のギャップをよく把握しないと、表面的な空気で判断が左右されます。これは危険です。

銀座から西麻布に移ったレストラン・NARUKAMIはミシュランの星つきです。創作料理が中心ですが、ぼくは、ここで夕食をとって新しい経験をしました。それは何かというと、食事をして頭の中が開放されたことが感じられたのです。どの皿も嗅覚を心地よく刺激してくれるのですが、目と口あるいは鼻だけでなく、頭のなかが自然に楽しめるというのは面白い経験です。自由な関係性が、現実に迫ってくる。多くの創作料理が「こういう方向できたのね」という感想を抱かせますが、ここではそういう頭の働きを促すのではなく、結果として頭が開放されたことが後で分かるというプロセスをとりました。話は冒頭の内容に戻りますが、ヨーロッパ文化に関する話も、こういう快感が味わえるような経験を提供できればいいのだが・・・・と思いました。

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category 『ヨーロッパの目 日本の目』, イタリア料理と文化, セミナー・講演など | Author 安西 洋之