僕自身の歴史を話します(3)ー日本を離れるまで

『われら地球家族』を借りた日、その晩のうちにこの本を読み終えました。著者の宮川秀之氏は1960年、オートバイで友人と日本から世界一周の旅に出ました。トリノのモーターショーのスタンドで知り合ったイタリア人女性と結婚。そして、ランチアの重役の娘であった彼女の家族を通じ、当時ギアにいた若きカーデザイナーであるジュージャロと出会ったのです。こうして、いすゞの117クーペなどの名車が生まれる環境ができていきました。ぼくが心を動かされたのは、彼が躍動感溢れるビジネスの世界と、家族や社会とのかかわりの両方を一気にカバーしていたことです。

ビジネスではイタルデザインでカーデザインのトップカンパニーに育て上げるだけでなく、スズキのバイクやヒュンダイの車をイタリアでビジネス化。実の子供を4人もち、韓国、インド、イタリアの子供たちを養子にとり、アフリカの子供たちの足長おじさんにもなり、文字通りの「国際家族」を築き上げていったのです。ドラッグ追放運動にもかかわり、ドラッグで駄目になった親をもつ子供たちにも救いの手を差しのべ、トスカーナで有機農園も経営するというように人の何倍もの人生を生きている人です。ぼくは、この人のもとで働きたいと、その晩、強く思いました。

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まだネットが普及していない時代、イタリアにいる宮川氏のコンタクト先を知るのは至難の業でしたが、あるチャンスを生かし、イタルデザインの電話番号を知ることができました。彼に「あなたのもとで働きたい」と手書きの手紙を送ったのは、本を読んでから一ヶ月後くらいだったと思います。確かクリスマスも過ぎ、大晦日の前、そのあたりの日に夢を託して手紙を投函したのでした。しかし、そう簡単に返事をもらえるはずもありませんでした。

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Category さまざまなデザイン, 僕自身の歴史を話します | Author 安西 洋之