石倉洋子『戦略シフト』を読む

昨日、ITや家電分野の見本市であるCEATECに出かけてきました。幕張に行くには東京駅で長い通路を歩いて京葉線に乗らなくてはいけないため、やや苦手意識があるのですが、乗ると海が見えて気持ちよい路線です。車内には若いカップルも多く、土曜日の午後らしいムードが溢れています。そして、その多くの人たちは海浜幕張で降車しメッセに向かいます。かつてモーターショーに熱心に出かけていた人たちよりソフトだよな・・・と思いながら、会場に入ります。大手と中堅の両方のブースをめぐりながら、だんだんとひとつの思いにとらわれます。「相変わらず、ユーザーの立場にたった統合的なサービスが提案されていないな。発想自身が、どこかの大手を中心としたツリー構造がもとになっている。これはどうしようもないのか・・」と。クルマとインフラの関係をまとめて面倒みるべきITS(Intelligent Transport System)の実証実験では、交差点付近での事故が多いのに注目し、物陰にある人や物体の存在を検知し、ドライバーに警告を発するシステムをアピールしています。ナビがその警告のインターフェースに考えられているようですが、交差点という一番注意を要する地点での警告はパニック情報になる可能性もあり、インターフェースの面からすれば一番難しい局面です。しかし説明を聞く限り、それは「他人事」です。

「●●社様とお付き合いさせていただいております」(●●は大手の会社)という表現に象徴されるように、やたら丁寧な物言いはするのですが、それは自社の(短期的な)経営的信頼性を増やすことであっても、ユーザーサイドにとってはあまり関係ない。そういう展示が極めて多いという感想を抱いたのです。ある一人のユーザーにプッシュ型の情報を24時間提供をしようとするなら、そこではデバイスは複数あるべきでー携帯電話、ナビ、PCなどー、それをひとつのデバイスですべてをカバーするのは本末転倒で、「ひとつであるべき」なのは、パーソナライズしたユーザーインターフェースの方であるという発想がないといけないと思います。時刻を知るのに、個人ベースでもベッド脇の置時計があり、台所の壁時計があり、携帯電話があり、腕時計があるように、デバイスをひとつに限定するのは、ある時点までは有効ですが、ある時点からオーバーキャパになるのが一般的で、それをすべて解決するインターフェースが使いやすいかどうかということもあります。したがって、ある程度の複数デバイスを前提としたうえで「ユーザーにとっての」統合化のための意思と努力をサービス提供側は示していかないといけない、そのためにはもっともっと企業間のオープンな協力関係を推進していくメンタリティの変革が必要だなと再認識しました。

一橋大学大学院国際企業戦略科教授の石倉洋子さんの『戦略シフト』では、21世紀に入ってからの大きな環境変化をうけての企業の戦略シフトの必要性を書いています。すべての境界ー国境や業界などーが消失しつつありオープン化が実現しつつあります。そのなかでダイナミックに物凄いスピードで状況が刻々と変化していきます。「昨日の私は今日の私ではない」世界がいやおうなしに迫りくるシーンにどう立ち向かうべきか?ということです。7日に丸の内で開催された出版セミナーに参加したとき、石倉さんは面白い表現をしていました。「今、世界はヨーロッパの高速道路のようなスピード感で動いているのに、日本の多くの企業は首都高並みの遅さだ。田舎道ではない。都会だが、遅い」と。ヨーロッパの高速道路は時速140-50キロ程度で走っていますが、首都高は3割程度遅いでしょう。まさしく、そうです。韓国や中国の会社などでも、日本の何倍ものスピードで意思決定をしていきます。ただ、この比喩は、ぼくは別の意味でも使えるかなと思いました。そもそも都市構造上、ヨーロッパの都市に「首都高」はありえないのです。中世の城郭内には高速長距離鉄道も入ってこないし(皇居の前には東海道新幹線が止まる!)、いわんや高速道路などもってのほか。長距離鉄道の駅は市の中心よりやや外れた位置にあるし、高速道路は環状線になっています。コア部分にヒューマンスケールの都市をキープし、外でそれを超えたスケールを実現し、二つを混合させない文化背景の説明に使えるかなと考えたのです。

話がずれました。石倉さんは「ORをANDに変える」という、二項対立で他方を排除するのではなく、両方の共存があるのが現代であるから、それを前提に考えるべきだと語ります。共存を寛容に受け入れるという次元ではなく、そもそも以前であればORと問うたものに対し、ORとする問題の設定自身を疑えということだと思います。あるいはバージョンアップで実践的にコンセプトを練り上げる必要性を書いています。ベータ版で市場のありかを探りつつ、適時、バージョンアップしていくことで完成品に近づけるという発想です。実は、これを読んでいて、南ヨーロッパ的な発想と行動パターンが経営学の世界でも浸透してきているなと感じました。『イタリア現代思想の招待』のレビューでコンセプトについて、「何かを自分のものにするのではなくて、何かに場を与えることを意味しているのであり、客体を把握しようとする主体の動きではなくて、そうした主客構造を超えて、外から到来する何ものかを受け入れる心構えのことをさしているのである」という考え方に近いと思うのです。ミラノサローネ2008で書いた、自由な関係性やコンセプトとは大きくゆるく作るべきということを前提にしないといけないという点と近接していると考えます。このような点で、ぼくにとって『戦略シフト』は、およそのところ違和感を覚えることはあまりなく、ぼくが日常考えていることが経営学のなかでこう位置づけられるのか、という気持ちで読めました。

最後のほうで、ITSは日本が世界に共通プラットフォームを提案するに好都合な案件であると書いてあることにも賛成です。細かいことをいえば、「今、必要なのは、インターフェースが共通なグローバルな協調インフラシステムであり、自動車メーカー独自のプラットフォームではない」という部分は、冒頭に書いたように、パーソナライズされたインターフェースを可能とするストラクチャーをもつ共通プラットフォームの実現を目指すべきというのがぼくの考えで、そのために共通プラットフォームを構成するにあたり、ユニバーサル文化の把握が極めて重要であると常々書いているわけです。実をいえば、経営学の先生の書いた本をあまり読まないのですが、ぼく自身のビジネス感覚とさほど距離感がなく、この方面の本にやや距離感を持っていた自分を反省した次第です。

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category 本を読む | Author 安西 洋之