白洲次郎という人を何故追う?

日本で先週放映されたNHKのドラマ『白洲次郎』3回目を、ぼくは今週になってみました。昨今、白洲次郎はなにやらブームのようになっていた感があり、宝塚でも上演され、今回初めてのTVドラマになったわけです。視聴率をみると2月に放映された1回目が12%台、3月の2回目が8%台、そして予定より大幅に遅れた今回がやはり8%台。決して高視聴率ではないです。わりと地味な数字です。ブログを眺めていると、随分多くの人たちがこのドラマについて書いているので、もっとヒットしたのかと思っていました。しかし、ブログや番組掲示板を読むと濃いファン層がいることは確かのようです。

白洲次郎の奥さんである白洲正子の文章は『芸術新潮』での随筆を通じて昔から接していた記憶がありますが、白洲次郎のことはぼくもよく知らなかったです。彼の関連書籍をみると、ほとんどがこの5年くらいのものです。ドラマの原作ともなっている郷土史研究家の北康利氏の『白洲次郎ー占領を背負った男』のヒットが、「白洲次郎現象」のはじまりのようですが、これは2005年の発刊です。青柳恵介『風の男 白洲次郎』は1997年の本ですが、ぼくが「これ面白いから読んでみたら」と人にもらって読んだのは、やはり2005年頃ではなかったかと思います。

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ぼくが「面白いから」と言われたのは、「白洲次郎の英国留学時代のクルマ履歴が興味深いよ」という意味だったのですが、ブガッティやベントレーなどをクラシックカーレースのミッレミリアで見知っていたぼくとしても、「なるほどねぇ、あのクルマに乗っていたのか、それはすごいや」という感想でした。およそ1920年代頃の欧州留学者は政府からの超エリートか大金持ちの子息ですから、今からみると随分とスケール感の違う生活を送っていたのは、当然といえば当然でしょう。

この人が波乱万丈な人生を送ったかどうかといえば、良く分かりません。確かに時の権力者と身近に生きたわけですが、それが波乱万丈を意味しないでしょう。百姓を表看板にするくらいですから、そうとうにレトリックを多用した人生であったとは想像します。しかし、ぼくにはそれ以上に、あまり白洲次郎という人に強い関心をもつことがないので、あまり語るべきことがありません。それではなぜ、彼について書いているか?といえば、タイトルに書いたように「白洲次郎現象」に興味があるからです。一部の濃いファンは「今の時代に彼のような人物がいれば」とか「原則を突き通すのは素晴らしい」とか熱い声を送っています。それに対して、ぼくは否定的なことを書くつもりは全くありません。

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TVドラマの1回目で白洲次郎のケンブリッジ大学でのクラスのシーンがあります。教授に自信満々に模範解答を述べたら、「そういう誰かが考えたことを鵜呑みにすることはやめろ。自分の頭で考えることが大事だ」という主旨のことを言われ、白洲次郎は頭をガーンと殴られたような思いになり、これこそが自分が求めていた道であると自覚します。こうした生き方ー自分の頭で考え自分で判断するーが、その後の彼の行く末を決定したのだというのが、ドラマの大きな訴求ポイントであったと思います。ぼくも、この内容には諸手を挙げて賛同します。

だから、多くの読者が視聴者が「次郎さんは素晴らしい」と言えば言うほど、ぼくは「じゃあ、もっと次郎さんを真似てみたらいいじゃないか。理想と思える部分があるなら、自分で真似てみたらいい。まずは、自分の頭で考えることをはじめてみればいい。他人の意見におろおろするなんてことをやめればいいじゃないか・・・」と思うのです。白洲次郎という人はカッコいい人だったのでしょうが、それで距離をつくり、「次郎さんは偉かった。今の世で活躍して欲しい。そういう人がいれば応援したい」と言うのではなく、「次郎さんが道を作ってくれたんだから、自分たちも、自分の頭で考え抜こうじゃないか」という方向にいけないといけないと思います。「プリンシプルとかいう言葉はどういう意味なんだろう」などと惑わされるのではなく、まずは自分の頭を信用して頼りすることが第一だと思うのです。

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Category 本を読む | Author 安西 洋之