ヨーロッパ文化を伝える(2/6)
Date:09/9/20
デザインを見方の重要なキーとすると書きましたが、デザインで全てを語ろう、あるいは語れるとは到底思っていません。それは経済学であれ、なんであれ、一つの分野で全てを語れることはありえない。しかし、往々にして、人は何かに依拠することで安心したいという思いがある。こういうことはあるでしょう。例えば、脳科学は今まで人類にとって未知であったことを沢山明らかにしてくれると思いますが、だが全てではないはずです。心理的な不安解消のために一つのツールに頼りすぎるのはよくない、ということです。ある専門の分野を深く知ることに意味がないと言っているのではありません。ただ、もう一つ、違った頭の使い方をしないといけない。これが重要なのです。
極めて直感的で叙述的な頭の使い方です。ぼくがこのブログでもよく書いている、一人で全体を把握するための頭の使い方です。これは専門の水平展開では間に合わないでしょう。あるいは、他の専門の人との共同でも不十分です。隣同士にある隙間により敏感であるためには、それは上空から見ないと分からないのです。知らない街のなかで、歩きながらいろいろな店をみつけて喜ぶ発見。そこで出会う人とのふれあい。これは上空からでは不可能です。歩かないといけない。絶対に。これなしに上空から眺めても、分かることは限定的です。しかし、それだけでは自分が何処までを見たか、街のどんな部分を見たかが分かりません。地図はそのために必要です。

ここで気をつけないといけないのは、いつ地図を使うかです。新しい人との出会いで会話に夢中になっている最中に地図を広げてはいけません。具体的な現実の世界にいるときに、それを抽象化してはいけないのです。それはそれとしてあるべきで、それを他のなにかに置き換えすぎてはいけない。「ああ、それって、こういうことでしょう?」と要約しすぎるのは駄目です。「ああ、それって、よくあるよね」というと、目の前にある現実が良く見えなくなります。だいたい、それを重ねていると、「しらけた奴だ」と冷たい目で見られるのがオチです。だから地図は現実に歩く前か後に使うのです。それによって、道に迷ったときに、通りすがりの人とコミュニケーションをとるというメリットがあります。それが現実の経験を深くさせる契機になるのです。
(1)で書いた内容に対応させると、道を歩くことが「生活シーンを重視」になり、地図を見るのが「ビジネスを視座においた水平展開」になります。ここでいう水平展開は各専門の横断というより、全体そのものの輪郭を掴むという意味になります。誤解が生じやすいかもしれないので、別の適当な言葉を探すべきかもしれませんが、今はこのままにしておきます。さて、ここで問題があります。街を歩く比喩として地図を挙げましたが、実際、ヨーロッパ文化の地図なぞ存在しないでしょう。過去なら多少の輪郭が描けないこともないですが、また誰かが描いたものを参考にすることはありえますが、現在については自分が主人公になって作業するしかありません。だから、やや腰が引ける話しになります。だから、どうすれば腰が引けないか?を考えないといけないことになります。
→つづく






