ヘンリー・ペトロスキー『<使い勝手>のデザイン学』を読む

デザイナーはどこまでをカバーするのか?ということがよく質問され、「それは世の中の全てだ」と答えるデザイナーもなかにはいますが、世の一般の人がそうは期待していないでしょう。やはり爪切りが使いやすかったり、思わぬところにあるモノが素敵だったりというところにデザイナーの力を期待していると思います。クルマのスタイリングが考えられているのは当たり前で、もちろんカッコいいクルマはいいですが、案外、ジャガイモ切りなんかで「デザイナーってすごいなぁ」と尊敬されたりするのではないかと秘かに思っています。

そして、だからこそ、ユーザーはちょっとした欠陥なんかを見つけると「ナンダ!これをやったデザイナー馬鹿じゃないの?」と悪態をつくことになります。自分の名前が売れることに腐心する人もいますが、デザイナー本来の心情としては、「ぼくの名前が出ることなんてどうでもいい。ぼくのアイデアや考え方が世の中に自然に浸透し、それで人々の暮らしが良くなりハッピーになれる。そしてある時、誰かに『えっ!あの毎日使っているモノは貴方の作品だったの!』と驚かれれば、嬉しいよね」というあたりじゃないかと想像しています。あくまでも、デザイナーではないぼくの想像ですが・・・。

昨日、デザインプロデュースなどをしているグリフの柳本浩市さんのブログを読んでいたら、デザインが何でもできると思っていた時代があるけど、今はもっと人間力への信頼感が増し、それで解決できない部分でデザインが解決できる部分があればいいのではないか、デザインの活用部分や社会との接点をもっと慎重にみるべきだという内容のことが書いてありました。ぼくはこの文章に何か安心するものを感じました。デザイナーあるいはデザインの発揮どころは、いい意味で「ほどほど」でいいんじゃないかと思っていたので、すんなりと心におさまったのです。

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1990年代後半からコルゲートやオーラルBが出してきた人間工学的歯ブラシは、柄がくねくねに曲がり磨き残しがないように工夫されましたが、なにせ太い。そのため今までの歯ブラシ立ての穴に入らず、ユーザーは歯ブラシをもって洗面台をウロウロしてどこに置こうか?と考えざるをえなくなりました。差別化や競争力のアップが企業にとって第一で、歯ブラシのインフラをデザイナーも考えるに至らなかったというわけです。ペトロスキーはこう書きます。

デザイナーが歯ブラシの機能と外見ばかりに気をとられ、もっと広い環境のなかでそれを使うことをしなかったとも考えられる。<中略> 歯ブラシのデザイナーは、それが口のなかでどう働き、手で握るとどんな感触がするかより先のことを気にかけていなかったようなのだ。

「それが実現しつつあった人間工学的価値は、『1950年代に設計された穴に入らない』という事実よりも確実に重い」というトレンドの中に入りきってしまったゆえのミスですが、著者は、1930年代にアルフレッド・モーエンが開発した水栓ー「操縦かんに似たレバーが一本だけ、あるいは押し引き式つまみが一個だけついていて、水温と水量を同時に調整する」ーを同様の(ある意味での)失敗例にあげています。それまでの水と湯が別々に出てくることによって生じる問題を解決する画期的デザインであったことは確かなのです。が、

当初モーエンは、利用者が手をやけどしないような温水供給の機構及び人間工学だけに設計の的を絞った。その点では見事な成功をおさめたが、彼はまた、新たな水栓を発明するきっかけとなった問題にきっちり決着をつけるのには失敗した。いや、それどころか、ほかならぬモーエンのデザインの成功こそが、より大きなシステムの失敗をもたらした。というのも設計者たちは、競合するデザインとの違いを打ち出そうとして、水栓の操作の仕方に標準基準を作らなかったからである。

<中略>

問題は、右回しか左回しか、時計回しか反時計回しか、押すか引くかの構造だけにとどまらない。もし温水器から蛇口までがどれだけ離れているかが分からなかったら、もし温水器の温度調整が何度になっているかが分からなかったら、あるいはもしシャワーに飛び込む前にどれだけ待つべきか分からなかったらー私たちは、(モーエンがアイデアを考えるきっかけになった)二つの別個の給水栓がついた自動車工場の流し台の前にいる学生(モーエン)も同然になる。

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これは非常にポイントを得た指摘です。デザイナーが良かれと自分の領域で出すアイデアが必ずしも全体で最適化されるわけでなく、むしろ全体の最適化を阻害することもありうるというわけです。全体を考えることは、ある局地戦に出向くにも重要であるという教訓がここにあります。

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Category 本を読む | Author 安西 洋之