2008 ミラノサローネ(41) 日本人のデザインー8

最近デザイン関係のブログを読んでいて気になることがあります。いわく「このごろの日本のデザインには深みがない。哲学や思想がない」という批評です。結論を言いましょう。必要なのは、コンセプトです。欧州のデザインが深いかどうか。それはおよそのところ、考え方の骨格がしっかりしていることが多いということでしょう。昨日のブログにも書いたように、前提として対象市場とユーザーが明確で迷いがないことが多いのです。そのうえで、ぼくがこの「2008 ミラノサローネ」で以前書いたことを、ここにペーストします。

「デザイン組織であるADIに触れました。これはデザイナーだけではなく、教育関係者、企業家、ジャーナリストなどが会員です。デザインが、非常に多層に渡って話題になるメカニズムが出来ているのです。そして欧州の文化的ストラクチャーとして、ハイカルチャーとローカルチャーのバランスと両者の回路について言及したように、ハイカルチャーをリファーしていく習慣や考え方があります」

「目の前にあるデザインが考え方として深いかどうかという問いかけをするとき、それは作品を作ったデザイナーの個人的性格や素養もありますが、今まで述べたような社会的あるいは文化的な仕組みによる部分も大きいわけです」

表参道や六本木あるいは秋葉原でトレンドをつかむ文化、美術館やコンテンポラリーアートのオープニングでトレンドをつかむ文化、ここには大きなひらきがあります。かつ、日本は技術をゲームや玩具的機能という能天気な方向に使うのを得意とし、それを独自の強みとしていこうという方向に顔を向けています。デザイナーの作品を「深くない」というのは簡単ですが、文化的及び産業的なメカニズムを考慮しないと、デザイナーに対して過剰期待になります。

mw

欧州を欧州たらしめているのは、大きくいえば、今のEUへのトルコ加盟問題で論議されているようにキリスト教です。しかし、それでは本テーマを扱いづらいですから、以下のアイテムをあげておきましょう。「連続性へのこだわり」「コンテクストの存在」「メインカルチャーへの敬意」「多様性の維持」。これについて、次回以降、本「2008 ミラノサローネ」のまとめとして書きます。

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Category さまざまなデザイン, ミラノサローネ2008 | Author 安西 洋之