狭くなりつつある「グローバル」
Date:09/8/20
昨年末の輸出産業の急激な落ち込みをうけ、「内需拡大」という言葉が日本の中で盛んに闊歩しました。「輸出産業に頼り切っていたのは間違いだった」「いや、輸出依存率は低かったのだ」「日本が外貨を稼ぐのをやめたらどうなる」「ものづくりは終わった」「いや、グローバル時代は終わったのだ」と喧々諤々でした。ぼくも、そのあたりについて何回かブログに書きました。

そこで確かなのは、ロンドンで4月にオバマ大統領が「もう、米国だけを頼るのはやめにしてくれ」と記者会見で述べたように、米国を中心としたグローバル化は弱体化することを皆がトレンドとして受け入れたということです。しかし、同様に確かなのか、グローバル化という動きが各民間企業のなかで消え去ったわけではなく、地域ごとの特性を生かしたりしながら、より慎重なグローバル化を進めようと態度が変わったことです。そして、グローバルとは、必ずしも文字通りの「地球上全て」ではなく、かつての「インターナショナル」レベルのある複数の国をカバーするくらいの意味合いで使ってよくなったという印象をもちます。アゴラでの池田信夫氏のブログを参考にします。

むしろ今、IT分野で起こっているのは、サービス業のグローバル化です。たとえばアフリカで通信サービスを行なっているのは、ノキアなどの欧州メーカーで す。彼らは端末を売るだけではなく、基地局や局舎まで含めて受注し、通信キャリアになっています。アジアでそれに対抗しているのは、中国のファーウェイ (華為)で、日本企業のプレゼンスはほとんどありません。IBMのシステム・インテグレーションの拠点も、インドのバンガロールです。金融がグローバル化 していることも、いうまでもないでしょう。流通もグローバル化し、日本のユニクロもその流れに乗ろうとしています。
ここで表現している「グローバル化」が、必ずしも地球全てを指していないことは明らかです。ノキアの端末は全世界に出ていますが、サービスについてはもっと限定的です。ノキアは端末レベルでグローバル企業であるからといって、全ての分野でグローバルに活動しているわけではないのではないでしょうか。ユニクロについては、GAPやZARAあるいはH&Mのようなレベルを目指していることを指しているのでしょうが、どうも「グローバル化」と置き換えていいものかどうか、ちょっと躊躇があります。また、以下を読むと、非常に微妙な展開ですが、アジア主体のビジネスもグローバルか?と読めないでもありません。

したがってサービス業こそ、今後の成長や海外展開の見込めるリーディング産業なのです。それは従来型の貿易ではなく、むしろ(主としてアジアへの)直接投 資になるでしょうが、これも国内の資金需要を増やすという意味では内需拡大です。<中略> 両方を一緒 にすると誤解する人が多いので、内需拡大という言葉はやめ、「ものづくり一辺倒からの脱却」とでもいったほうがいいと思います。
趣旨としては、最後の「ものづくり一辺倒からの脱却」であり、それが世界の主流としてやっていくのに必要な方向であるということで、ぼくも異論は全然ないのですが、その根拠とするエリアが俄然絶対的に小さいことが気になるのです。こういうことをグローバルというか?と疑問をもたらすようなロジックで、一方でグローバルという「既成概念」は使う。多分、「ものづくり」大手からすれば、「えっ、それでグローバル?」と驚かれるような精神構造をもちながら、こういうロジックを進めざるを得ない。このあたりの乖離が、逆に日本のサービス産業の未成熟を表しているともいえますが、このようなプロセスで「グローバル」の定義が矮小化して良いのだろうか?ということも自問します。






