岡田温司『イタリア現代思想の招待』を読む

ぼくはイタリアに来た当初、トリノに住んでいたのですが、トリノはバロックの街です。いわゆるイタリアの迷路性溢れるイメージとは程遠く、「小さなパリ」とも呼ばれた都市です。道路が碁盤の目になっていて、そこにはバロック建築が軒を並べています。また実際、文化的にフランスの色が濃いのが特徴です。実は、滞在して数ヶ月は、このトリノの街から圧迫感をうけていました。馴れぬ新しい土地での生活というプレッシャーもあったと思いますが、あのゴテゴテしたバロックの連なりが趣味の悪さにしか思えなかったのです。

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浅はかなものだったと後になって気づきました。住み始めてから数ヶ月を経たころ、あの装飾性の高さのなかにエネルギーを感じ始めたのです。それも溜め込んだ噴出する直前のエネルギーを。何か読んだのでもなく、誰かに聞いたのでもなく、ただ毎日生活しているうちに、建築デザインにそういう威力をぼくなりに察知したのです。イタリアの魅力という沼地に足がズブズブと引っ張られる。それを自分のからだで感じたのは、このころです。ぼくはバロックを、このときより肯定的にみるようになりました。

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1980年代半ば、イタリアやフランスの思想界でバロックが脚光を浴びていたとは知らなかったのですが、そのバロック再評価は19世紀後半のスイスの美術史家に端を発していたとはもっと知らなかったのですが、ー「生成」「運動」「不協和」といった、「ルネサンス芸術にとっては未知の世界を切り開いた」バロックのもたらす、「刺激」「恍惚」「陶酔」にも深く魅了されていた、とハインリッヒ・ヴェルフリンについて岡田は書くーバロックを過去のものにはしえないバロックの執拗さに、ぼくはトリノの街で説得されたのだろうかと思います。

「<クラシック>という語で理解されるのは、実質的に、一定に秩序づけられた基準適合性へと向う判断のカテゴリー化のことである。これにたいして、<バロック>という語で理解されるのは、システムの配置に強い刺激を与えて、それをあらゆる部分でぐらつかせ、揺らぎと乱れのなかにもたらすことである」

オマール・カラブレーゼの文章をこう引用しています。これは、多分、イタリアに、トリノに住んでいなかったら、よく分からなかった内容ではないかと思いながら読みました。さて、ここで岡田がバロック評価について解説している「鏡」としての時代にポストモダンを映しこんでいるのですが、バロックとポストモダン・・・・そういえば、今年のミラノサローネ期間の王宮で開催されたイタリア家具500年の歴史で、バロックとポストモダンの家具が並列されていました・・・それを思い出しました。なるほどな、とぼくは感心した理由が分かりました。

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この本で「おっ、これだ!」と思った部分を最後に紹介します。ベルニオーラの思想の解説部分です。修辞とコンセプトの捉え方です。(一部、漢字がそのまま転載されていません)

バロックが培ったのは、言語の技術としての修辞ー「機知」、「才知」、「奇想(concetto)」はその代表ーである。それゆえ修辞とは、たんに外面的な言葉の彩にすぎないものでもないし、ましてや、主体がみずからの主義主張を他者に押し付けるための道具とみなされるものでもない。そうではなくて、修辞とは、人間存在にとってもっとも根源的で本質的なものであり、美的でかつ倫理的、実践的でかつ政治的なものである。

ととえば「奇想(コンチェット)」を例にとってみよう。わたしたちは「奇想」というとき、「コンセプト」としての「概念」のことを考えがちである。だが、それは実際には、カント以来のドイツ哲学が練り上げてきた「概念(Begriff)]とは根本的に異なるもの、否、むしろ正反対のものですらある。というのも、ドイツ語の「概念」は、「つかむ、握る」という意味の動詞greifen に由来するが、「コンチェット」は、逆に、「受胎する、いだく」という意味のラテン語conceptoに由来するからである。つまり、何かを自分のものにするのではなくて、何かに場を与えることを意味しているのであり、客体を把握しようとする主体の動きではなくて、そうした主客構造を超えて、外から到来する何ものかを受け入れる心構えのことをさしているのである。それゆえバロックの修辞は、アイデンティティや「リアリティ」やジェンダー等をめぐる近代に支配的なイデオロギーにたいする異議申し立てにとってもまた、有効な武器を提供してくれることになるのだ。

なかなか、刺激的な内容でしょう?

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Category 本を読む | Author 安西 洋之

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