36冊のまとめと300回目のエントリー

300回目の投稿になります。昨年1月からスタートしたこのブログですが、100回目も200回目も何も気がつかずに通り過ぎたのですが、今回は296回あたりで「そうか、300になるか・・・」と気になりました。少しはデータバンクになってきたかなと思いました。それはアクセスアナリシスを見ていて、検索エンジン経由のキーワードを眺めていて、「こういう言葉でも、ここに来るのか」という意外な言葉が多くなってきたことからも感じます。自分が狙った言葉とは違う言葉でアプローチされるところにこそ意味があると思うのです。

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また、ぼくの36冊を選択してみて、去年書いた「ぼく自身の歴史を話します」と実に並行しているなあとの感慨ももちます。自分で気づいていなくても、読んだ本は自ずと自らの歴史を語ってくれるのです。36冊を選択してコメントを書いたレポートに付した感想を以下に転載します。

自分の考え方のコアをなす12冊が、ほとんど10代から20代に読んだ本で、30代になって読んだ本は一冊だ。これはあまりに勉強不足というべきか。やや驚かざるをえない。これはある意味、怖いことだ。しかし、振り返ってみて、30代以降は人との出会いと触れあい、あるいは自分自身の活動で得た経験が、圧倒的に自分のコアを作っていることは確かだ。

つまり、30代以降に読んでいる本は、自分の専門とする分野か、現代性を主題とするカテゴリーに入る。「これは仕事に役に立つ」「これは今を知るのに良い」という視点が強くなっている。本当は、自分の判断の核をなす本として、最近読んだ本を入れたいと思って努力(?)もしたのだが、どうしてもそうはならなかった。もっと、自分の受け皿を柔軟に保つ工夫が必要だ。

一方、36冊を選びそれぞれにコメントをつけるという作業が、こんなにも面白いものとは思わなかった。このテーマを考えた管さんに御礼を申し上げたい。優れたアイデアだ。自分が考えてきたことが、このようにアッサリと視覚化されてしまい、呆気ないほどだ。ただ、留保をつけるなら、専門とする分野をどう設定するかで、36冊の流れがガラリと変わってくるのではないかとも思った。

今、ぼくはヨーロッパ文化をどう日本の人に伝えるかを考えている。そして、実際、本やブログも書き、多くの人の前で話すこともはじめた。もともと全体性の理解に対する拘りが強かったが、多くの経験を積み、それをある時点で統合しようと思ったとき、「ヨーロッパ文化」という具体的な名称で、ぼくの頭のなかに統合の事例として現れたのだった。

ただ、実を言えば、ヨーロッパ文化を伝えるとは、ヨーロッパに関する情報を伝えることと同義ではない。言ってみれば、新たな視点や考え方を提供するにあたってのネタである。しかし、それはよく言われる「〇〇で何が分かる」「〇〇に役に立つ」「〇〇に学ぶ」という次元とは距離をもつ。ぼくの狙いは、異文化の人達と一緒に何かをするための文化理解とは何か?を突き詰めることだからだ。そして、まずは、その目標ラインを「ビジネスのため」と限定している。あえて線引きすることで、伝える内容の構造が見えてくるのではないかと考えている。

ただ、注釈が必要です。(1)の自分を作った12冊の本は入れ替えにくいと書きましたが、正直なところ、自分の読んだ本を思い出せ切れないという事情があります。1990年3月イタリアに来たとき、これからどうなるかも分からないので、二つのスーツケースに入るものしかもってきませんでした。もちろん衣服が主体で書籍はありません。その後、日本の実家の本棚から少しは移しましたが、そのうちに僕の本棚からぼくの本は消えうせ、親父の本に入れ替わりました・・・。ぼくの本は物置にまとまってしまわれ、本棚にある本の背表紙を眺めながら過去を振り返ることができなくなったのです。今思えば、花田清輝、森有正、小田実などの本にも影響をうけたのですが、これは遠くなりつつあった記憶の中にある本なのかもしれません。しかし、書名なんて忘れて本望です。本のために生きるのではなく、本は生きるためのアシスタントなのですから・・・。

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Category このブログについて, 安西洋之の36冊の本 | Author 安西 洋之