2008 ミラノサローネ(37) 日本人のデザインー5

人は他人の文化にさほど詳しくもありません。日本の一般の人だって、イタリアといえばローマ帝国、ルネサンス、ファシストあたりが歴史の知識。あとはオペラ、料理。デザイン、サッカーや自転車が入れば凝り性の部類です。かなり断片的な知識です。しかし、それは外国文化に限らず、日常の生活においても同様です。だからこそ携帯電話のインターフェースを考えるとき、ユーザーのメンタルモデルをどうおさえるかが重要になるのでしょう。ですから、冒頭に戻りますが、人の他国イメージは実に断片的なパーツの組み合わせでできています。

以前、あるドイツ人のデザイナーに「あなたのイメージする日本とは何ですか?」と聞きました。そしたら即座に「静と動のバランスだ」と答えながら、桂離宮の本を出してきました。 「この空間が静だ。動はカワサキなどのバイクに代表されるイメージ」と言います。桂離宮の解説は丹下健三によるものでした。桂離宮は十分に知れた存在ですが、外国人は自国民が忘れてしまったような、あるいは見たこともないようなエレメントを取り出してきてイメージを作るのです。そして、情報をリアルに短時間でアップデイトできませんから、いきわい長いスパンでイメージが固定化されます。これが国民性と言われるような曖昧な指標になっていきます。

sf

「2008 ミラノサローネ」でレクサスのことを何度かとりあげました。欧州の人たちが弱々しい女性的なイメージをもっていそうだと書きました。あえて言えば、それは、上のドイツ人デザイナーがイメージした「静」なのかもしれません。ぼくがサローネのサテリテで見た日本人デザイナーの作品も「静」を感じさせるものが多かった気がします。2008ミラノサローネのレポートを書いている山本玲子さんが、スワロフスキーでの吉岡徳仁氏の作品を前にして「それにしてもここは静かだ。あ、そか、こんな感覚って、むかし龍安寺の石庭で体験したのと同じ感じかもしれないな」と書いています

サテリテの日本人デザイナーの作品に「静」を感じさせるものが多かったと書きましたが、「動」を予感させる「静」もありました。欧州人が日本のデザインにもっている固定的なイメージ、それは前述したように断片的な知識とイメージによって構成されていますが、「動」の周辺の文脈を作っていくことが、これからのテーマになるのではないかとも思います。この続きは、次回書きます。

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Category さまざまなデザイン, ミラノサローネ2008 | Author 安西 洋之