安西洋之の36冊の本(1)-感じ方・考え方・判断力の核をなす12冊

6月、明治大学大学院の管啓次郎さんのゼミの外部生として36冊の本を選ぶ課題に取り組んでみるとの記事を書きました。以下です。

http://milano.metrocs.jp/archives/1691

4月末に36冊を選んでみたのですが、その後少々入れ替えながら、7月、それぞれの本に200文字のコメントをつけました。8月2日、一日がかりのゼミが東京で行われ、その模様が管啓次郎さんのブログに掲載されています。

http://monpaysnatal.blogspot.com/2009/08/blog-post_02.html

かなり刺激的なゼミだった様子が伺われます。外部生として参加した大洞さんのブログでも紹介されています。

http://hobo.no-blog.jp/train/2009/08/post_904b.htm

そこで7月に管さんに送った200文字コメントを、このブログで公開しておきます。3部に分け、(1)は考え方・感じ方・判断力の核をなす12冊 (2)は今回専門とする分野(ヨーロッパ文化とデザイン)の12冊 (3)は「現代性」を主題とする12冊 です。まず(1)です。

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スタンダール 『赤と黒』(岩波文庫 1958年)
このコメントを書くのに、30年以上ぶりに本書を読み返そうかどうか考えたが、結局やめた。この本を読んだのは、桑原武夫が推薦していたからだ。この長編を1-2日で読み終え大いに心が昂ぶった。ジュリアン・ソレルの恋愛と野心、その両方に酔ったのだったろう。ただ、心動かされたソレルの「野心」は、出世欲のそれではなかった。いわば「世界観」を相手に格闘する姿だったはずだ。「はずだ」と書くのは、ぼくはその格闘のために仏文科に行こうと思ったのだから。

桑原武夫 『文学入門』(岩波新書 1963年)
文学は血となり肉となればよい。そう書いてあった。高校生の時に、「血となり肉となる」意味は分からなかった。今の感覚からすれば実感などなかったに違いない。しかし、文学に限らず、全ての経験において「これが血となり肉となったか?」と自分に問いかける癖はできたに違いない。即ち、知識を振り回してもナンボのものにもならない。自分の内から自分のもののようにアウトプットされてナンボだ。それが生きるということだろう。

林達夫・久野収『思想のドラマトゥルギー』(平凡社 1974年)
すごくエラソーな言い方になってしまうのだが、この対談を読んだ時、久野収が小者に思えてしまったほど、林達夫は目の前に大きく立ちはだかった。どこに抜け道を探し自分の行く先を決めればいいのだろう。そんなことを高校生のぼくは思った。恥ずかしながら、シェークスピアガーデンを自宅の庭に作ろうかとも夢想した。シェークスピアなんて、ちっとも興味がなかったのに・・・。何かものを語るに真っ向から向わない術というのは、林達夫に学んだのだろうか。

加藤周一『羊の歌』(岩波新書 1968年)
あらゆることを相対的に考えるとはどういうことで、それはどういう意味をもつのか? それをこの本で知った。数量的に世界一を誇れない場合は比較しずらいもの、あわれ、武士道で鼓舞しようとする戦前の日本を加藤は冷淡に見ていた。しかし、現在の日本のものづくりも、70年前と同じ罠にはまっている。きめ細かい作業と品質管理以外には、日本の情緒や感性しか世界で勝つものがないと思いこんでいる。が、それは判断ミスだ。

庄司薫『さようなら怪傑黒頭巾』(中央公論社 1968年)
現在の日本では「知性」という言葉自身が消えてしまったようだ。1960年代後半とは、知性のあり方が問われた最後の時代だったのだろうか。しかし、「今の時代に知性が不要になった」と聞いたこともない。やはり、人にとって最後の砦は知性なのだと思う。そう思う、あるいは信じるのは、高校時代に読んだ庄司薫の一連の小説の影響なのだろう。特に、シリーズのなかで一番心に残っているのが、この小説。岐路に立つ知性の姿を予感させたからか?

梅棹忠夫 『文明の生態史観』 (中央公論文庫 1974年)
‘80年代にできた「比較文明学会」の設立から何年間か会員だったが、それは学生時代に読んだ、この本の影響によるところが大だった。その頃、企業のサラリーマンだったが、一方の足は文明論にかけておきたかったのだろう。また、この学会はアカデミズムに留まらないことを旗印にあげていたことに惹かれた。とにかく梅棹は、人間的な尺度で自分がよく知っている日本をベースにして世界をつかむことを提示してくれた。重要なのは「世界観」をもつことだ。それを、この本は教えてくれた。

真木悠介『気流の鳴る音』(筑摩書房 1977年)
長い間読み返していない本だが、明晰なことの裏を問い詰めながら、曖昧さを包括する考え方と姿勢は、実はこの本の影響も大きいのではないかと今にして思い至った。そのベースがあったからこそ、イタリアで生活するまでは嫌いだった「イタリアらしさ」を受容できるようになったのではないか。この本一冊が全てを決めたわけではないにせよ、重要な一粒の種だった。著者がゼミで「軽くて深いことが良い」と語ったことは、今も貴重な指針になっている。

バーガー=ルックマン 山口節郎訳『日常世界の構成』(新曜社 1977年)
なにか権威のあるものが世界を規定しているのではなく、何処にあるか分からぬ世界にオドオドするのではなく、まさしく自分が「いまここ」でみている世界が重要であることを知るのが最初。逆に言えば、だからこそ、その世界は全てではない。生きる全ての人達がみる世界はそれぞれに違う。しかし、全く違うわけではなく、どこかでオーバーラップする。それが主観的現実の希望のもてるところだ。日常世界を拠点としていく考え方を本書で知った。

『カーデザインの巨人 ジウジアーロ』(小学館 1985年)
初代VWゴルフ、いすゞピアッツァのデザイナーであり、現行フィアットグループのクルマも約70%はジュージャロのデザインである。1980年代半ば、書店で何気なく本書を取ったとき、ただひたすらその美しいデザインに見とれた。時代の先端をいく感覚とは、こういうことを言うのだろうと思った。今、クルマそのものが過去の遺物的存在に語られることがある。ぼくもそう思うことがある。しかし、このデザインを古くは思わない。

『ピエール・ルイジ・ネルヴィ』(プロセス・アーキテクチャー 1981年)
ミラノの我が家のベランダからピレッリビルが見える。1950年代、ジオ・ポンティが設計した高層ビルだが、構造設計はネルヴィだった。あの時代に、こんなスマートなデザインがあったというのが最初にそのビルをみた驚きだった。その後、ネルヴィ以外にもデザイン能力に優れた構造設計家がいることを知ったが、構造設計家でありながらデザインに強いということが、如何に新しい形を生み出すにあたって強力なバックボーンとなるか。ネルヴィは、それを認識する契機となった。

宮川秀之 『われら地球家族』(評伝社 1988年)
1968年、上のジュージャロとカーデザイン会社を設立した実業家の半世紀を自ら記した。1960年、バイクでイタリアに辿り着き、実業で成功し、実子4人と養子4人を育て、麻薬追放などの社会貢献にも参加。人生を面白く生きるというのは、こういうことなのか、こういうふうに実現できるのだ、それを知った。読了後、数週間して宮川さんに手紙を書いた。「貴方のもとで修行させて欲しい」と。実現したのは、それから約1年後だった。

陣内秀信 『イタリア都市再生の論理』(鹿島出版会 1978年)
この本には興奮がある。他の誰かが手がける前に形にしなくてはいけないとの切迫した気持ちが、冷静な文章に隠れて見える。都市の再生にあたり重要なのは、芸術的価値のあるモニュメント保存だけでなく、社会的経済的側面、即ち一般の人たちが生きられる空間を時間軸とともに考えることだ。イタリアで学んだ、この全体的な都市の把握手法に著者は興奮し、それがぼくに伝わった。イタリアに来た年に読み、即、著者にコンタクトをとった一冊。

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Category 安西洋之の36冊の本, 本を読む | Author 安西 洋之