ウンブリアの家とプリモ・レヴィ

拙著『ヨーロッパの目 日本の目』に書いたエピソードがあります。ある夏、偶然にネットでみつけたウンブリアの家に滞在しました。その家のプールサイドで読んでいた本についてオーナーと夕食時に話をしたら、そのオーナーは読んでいた本の著者の縁戚でした。著者はプリモ・レヴィ(Primo Levi)で、ぼくが読んでいた本は処女作”Se questo e’ un uomo”(原題は『これは人間か』ー邦題は『アウシュビッツは終わらないーあるイタリア人生存者の考察』(朝日新聞社))でした。アウシュビッツをサバイバルした人間が1947年に書いたロングセラー本です。ぼくは、オーナーのフランチェスコから同じ本のサイン入り初版本を見せられ、その偶然に驚きました。(ここの家とは、「海は退廃的?」で掲載した家とプールです。下の写真は、門から家に至る道で、両側に葡萄やオリーブの畑があります)

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先日もフランチェスコと夕食をともにしながら、色々な話題について話しました。ネタを明かせば、「夏の虫の鳴き声」で書いた、虫の鳴き声を誌的に聞くのはユニバーサルかどうか?という会話も彼と数年前に話したことです。「ユニバーサルとユニバース」で触れた人権の問題も、彼との話しででできたことです。彼の話す「人権」には、彼なりのバックグランドがあるのだろうと思います。ぼくも「人権」が最後の砦であるとの思いがあります。だからこそ、当たり前意識やオプションに入る「人権」に要注意だと考えているのです。

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上の写真は、夕食の前のフランチェスコです。若いときは、馬の蹄鉄を作る職人を目指したといいます。今は農業をやりながらアグリツーリズモを経営しているのですが、丘の上にあり、見渡す限り殆ど人家が目に入ってこないという理想的な場所にあります。低い半月くらいでも天の川が見える抜群の環境です。しかも、たった二つしか家がないので、多数の客に気を遣う必要がありません。フランチェスコが語るところによれば、客の間で「うるさい!」と言い争いになることは全くないようです。二つの集団しかいない場合、平和を求めるしかなく、三つの集団になった場合、勢力のアンバランスが出てくるのかもしれません。

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というわけで、敷地内にあるミニサッカー場でも、「お隣さん」と仲良くサッカーをして楽しむという場面が出てきます。ローマから来た子供たちは地元ローマのトッティのファンです。ミラノだとインテルやミランのファンというのが定番ですから、適当に対抗意識もあり、ちょうどよいです。このような環境で、本を読んだり新しいプロジェクトの草案を練ったりすると、考えるべき大事な点が色々と見えてきたりします。

下はフランチェスコの家族とのお別れのシーンです。息子のジョルジョは子供らしさが抜けつつあり、奥さんのセレーナの料理には今回もノックアウトでした。

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Category ウンブリアの夏 | Author 安西 洋之