加藤周一『羊の歌』『続 羊の歌』を読む

ぼくは高校生の頃に、ものごとの全体をつかむことに関心を覚えたと記憶していて、それは仏文学者の桑原武夫の著書による影響が大きかったとずっと思ってきました。それが確かである一方、同じ頃、評論家の加藤周一の考え方にも魅了されていました。彼が40代後半で出した、自身の生まれから40歳周辺までを書いた『羊の歌』『続 羊の歌』は繰り返し読みました。しかし、彼の生き方に関する叙述にあまり惹かれることはなかったと思い込んでいました。

昨年、『ヨーロッパの目 日本の目ー文化のリアリティを読み解く』を上梓するに際し、本の帯にお願いしたい方がいるか?と出版社から聞かれました。ヨーロッパ各国の専門家はたくさんいますが、ヨーロッパを全体的に見渡している人は加藤周一であろうと思い、氏の名前を挙げました。しかしながら、そのときー確か去年9月末ー加藤周一氏は病床にあり、本を読める状況ではないということを残念ながら知るに至ります。その約2ヵ月後、彼の死が新聞各紙で報じられることになります。

11月末、ある方がぼくの本を読んでくださり、献本すべき人のリストを送ってくれたのですが、そのリストに加藤周一の名前がありました。ぼくの意図が通じたようで、とても嬉しかった。しかし、それから数週間にも満たないタイミングで氏が亡くなったのです。それ以降、『羊の歌』をじっくりと読み返す機会を探ってきました。約40年を経てそれをどう読むか(読めるか?)と新たな発見を期待しながら、二冊の本をこの数日で読了しました。

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彼の女性との出会いや想いがさまざまに書き連ねられ、それが書物による知識やその他の文化論議にも優先する想いとなっており、それが基調になっていることに再び(多分、再びなのだと思います)驚きます。そして、もうひとつが政治に対する態度に感心します。その場、その場で、乏しい情報に基づきながらも、乏しい能力の許す限り、自分の暫定的な答えが出なくてはいけない。道義ではなく情報分析と理屈の問題として、それが処理されるべきである・・・すべての政治的な行動の値打ちは、相対的なものにすぎないと書く背後には、大戦や安保を巡る経験が渦巻いています。

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条件付きでないと回答ができないと語ること自身に大きな意味があります。条件なしで何が良く何が悪いとは断定できない。政府や経済のシステムも、それ自身の判断にあまり意味はなく、その時とその場でどういう立場で関わるかで、「回答」の中身は変わってきます。だから、回答を控えるのではなく、条件を述べたうえで暫定的な回答をすることに意義があると考えるべきなのです。それが現実を前に推進させる力になります。加藤周一が「左翼知識人」の限界を示したと難じる人たちが今の世の中にいますが、本人が生きた時代において、ある暫定的な回答の無限の力と、暫定的であるために有限でしかない力、そのありようであるとしか言いようがないのではないかと思います。

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冒頭に書いた、今回あらためて気になった、彼の生き方に触れた部分を最後に書いておきます。

私は血液学の専門家から文学の専門家になったのではない。専門の領域を変えたのではなく、専門化を廃したのである。そしてひそかに非専門化の専門家になろうと志していた。その後、今日まで、私は、竹内好や安保条約や源氏物語絵巻について書き、日本の近代思想史やヨーロッパの現代思潮ということについても書き、また大学の教室で、「正法眼蔵」や「狂運集」のことを喋った。そういう意味は、外からもとめられたのではなく、それぞれの機会にみずから択んだのであり、私にとって互いに関連のないものではなかった。はじめからはっきりしていたのではなく、次第に私自身に見えてくるようになった一種の関連・・・しかしそれはもっと後になってからの話である。

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Category 本を読む | Author 安西 洋之