夏の虫の鳴き声

ある著名な方が西洋人は虫の鳴き声を雑音として聞き、それは感性の問題であると本に書いていたので、拙著『ヨーロッパの目 日本の目』で、それはその方が付き合った人の資質の問題だろうと書きました。ぼくの友人は「虫の鳴き声を詩的に聞くのは、ユニバーサルではないか」と言いました。今日、その友人が発言した場所にいて、森に響きわたる鳴き声を聞きながら、ぼくは「これは記憶の問題ではないか」と思いました。

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この場所に何回か息子を連れてきていますが、「虫がうるさいね」と初めて言いました。いつも、ここには8月に来ていたのです。8月になると虫はめっきり静かになります。でも7月はまさに盛夏であり、息子にとって、こういう虫の合唱ははじめてなのです。そこで虫の鳴き声は、音として心地よいかどうかではなく、夏とはこういう音と付き合うものだというトレーニングと記憶ーこの音を聞いて懐かしいと思うーではないかと思いました。

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ぼくの幼年から少年時代、こういう虫の音は当たり前でした。しかしミラノ市内で、これは当たり前の音ではありません。これが文化の問題なのです。ある音を良いと思うか悪いと思うか、または心地よく思うか不快に思うか、それはきわめて教育と馴れの問題なのだろうと思います。そして記憶です。甘酸っぱい思い出のさまざまなシーンにある音は、多分、不快にはならないのでしょう。

・・・・というわけで、資質だけではなく、その人自身のヒストリーの問題も強いだろうと、今日、思ったのです。

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Category ウンブリアの夏 | Author 安西 洋之

Comment

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by 安西洋之 and Sawa Hirano, 安西洋之. 安西洋之 said: 昨年の8月ー9月、ぼくのブログ解析で検索エンジンからのトップは「夏の虫の鳴き声」だった。「ある音を [...]