福島清彦『ヨーロッパ型資本主義』を読む

今年の4月にロンドンで開催されたG20の数週間前、盛んに米国とヨーロッパの不協和音が報道されました。そのひとつに、経済不況脱出には政府の大規模な財政支出が重要だと主張し、米国はEUサイドにかなりの圧力をかけたというものです。EUサイドからすれば、「何をいまさら、言っているんだ」というのが本音で、医療や年金その他の福祉制度でセーフティネットを作っている社会では、米国と同じように政府は金を使っているのだということになります。もちろん、底流には米国の市場原理主義が今回のカオスを引き起こしているという言いようのない不満があります。そして、今月、イタリアで行われるG8でも、新たな国際金融制度のあり方はテーマになっています.

福島清彦氏の『ヨーロッパ型資本主義』は副題として「アメリカ市場原理主義との決別」とありますが、今年の出版ではありません。2002年です。NYの911後に起きた米国の一方的な外交ーイラク戦争に代表されるーに対して沸き起こった多くの議論のなかでトピックになった話題であり、その前にネットバブルがはじけて株式市場が低迷した時代を背景にしています。ぼくは、この本を先月、東京の丸善で買ったのですが、2004年の8刷りです。昨年後半からの動きをみていて、ぼくが気づいたひとつの現象として、米国型資本主義の問題点が炙り出されているなかで、思ったほど、ヨーロッパ型資本主義に目がすぐ行っていない。悪者探しとそれへの抗弁がメインです。だから、この本も2004年8刷りで止まっているわけで、この本に再度目が向けられるには時間が必要なのかな?と、書店の棚で考えました。

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この本でも紹介しているように、ヨーロッパ型資本主義といっても、英国と大陸では違うし、大陸内でもフランス、ドイツ、スカンジナビア、南欧、それぞれで適正と考える政府規模は異なります。しかし、それでも「社会的」資本主義を志向し、人の顔をした社会を目標にしている点では共通します。その理念型がゆえにEUはここまで統合してきたし、それがゆえに移民増加への対処に右往左往するということになっているわけで、冷淡に言えば「ヨーロッパは米国に善戦はしていくだろう」ということになりますが、この「善戦」をどう解釈するかが、それぞれの価値判断をみせることになります。

ぼくは当初、本書を「ヨーロッパ文化部ノート」のほうで紹介しようと思っていました。本音を言えば、この本はヨーロッパ論として読むとあまり面白くないのです。が、社会の心性はとりあえず脇におき、こういう経済認識と社会認識に基づくと、デザインの可能性はとてつもなく大きいということが分かる本ではないかと考え始め、このブログに書くことにしました。上述したように、ヨーロッパにはさまざまな資本主義があります。日本は明治維新のときにフランスとドイツから学んだがゆえに、「硬い近代」を取り入れてしまったという反省的見方がありますが、距離的には圧倒的に近く文化的にもより近似なそれらの周辺国で独自性のある資本主義がなぜ作られたのかを考える時、それらに合うデザインのあり方を突き詰める意味と目標がおのずと見えてくるはずだ、ということを思ったのです。

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Category 本を読む | Author 安西 洋之