チャールズ・イームズ『パワーズ・オブ・テン』を見る

フランス人デザイナーのピエール・ポランがチャールズ・イームズに敬意を払っていたことは、「ピエール・ポランに会いに行く」というエントリーで「イームズはテクニック以外のことで人を満足させようとしない、潔癖な人だった」という言葉を紹介しました。また、プリアチェアをデザインしたジャンカルロ・ピレッティのイームズ称賛ぶりも印象的で、「ピレッティと語り合おう」で以下のように書きました。

「チャールズ・イームズが他の誰よりも抜きん出ていることはすぐ分かったけど、本当にそのすごさを理解するには少し時間がかかったかもしれないな。わたしが彼と実際に知り合ったのはね、カステッリがパリでプリアをプレゼンしたときだった。そのとき、ハーマン・ミラーがアルミニウムグループをプレゼンしたんだね。」とピレッティはイームズとの出会いを思い出します。ポランもイームズを絶賛していますが、彼は自分でも内気だというくらいなので、イームズと近くにいる機会があっても話しかけませんでした。ピレッティはその点積極的でした。

「ネルソンはハーマン・ミラーの責任者だったわけだが、 彼はイームズの作品をみて、自分より優れていると思ったんだね。それでイームズにデザインを頼んだ、責任者としてね。ブラボーだと思うだろう。ネルソン自 身もいくつかデザインしたが、イームズのように記憶に残るものは何も・・・・。イームズは歴史をつくったけど、ネルソンは少しだけ。でもネルソンは賢かっ た。だからイームズに『おいで』と言えたのだね。」 この部分、才能を存分に発揮する人間と、存分に才能を発揮させるマネージメントのよい関係を示してい て、興味深いですね。

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ぼくはイームズという名前を聞くと、どうしても、これらの言葉を思い出します。実は今朝、明治大学大学院に通う宇野澤昌樹さんからイームズの映像作品『パワーズ・オブ・テン』のYouTubeのリンクを紹介され、この大宇宙から体内の原子核の世界までの旅を映したショートフィルムを見ながら、ぼくが探しているユニバーサルポイントって何処にあるんだろう・・・と考えました。先月、管啓次郎さんと宇野澤さんと一緒に酒を飲みながら、「ユニバーサルとは何でしょうね?」と話していたのですが、宇野澤さんは、ユニバーサルとユニバースの関係性を示唆してくれたのです。

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ぼくがユニバーサルに拘っているのは、特に電子デバイスのインターフェースを前にしたときのロジックストラクチャーのユニバーサルとローカルのレイヤーの設定を考えるところからスタートしています。つまり地域や年代ごとに違う文化がユーザーの思考タイプをどのくらい規定するのか?というのが出発点でした。イームズが表現する、シカゴの湖畔で昼寝する男性をズームアップする世界は、いわば動きとしては垂直であり、ぼくは水平に目線を動かしていたというわけです。ポランが言うイームズの合理的思考の徹底振りが、ピレッティの指摘するネルソンとイームズの差異になるポイントであったのだろうとぼくは考えてきましたが、「この垂直の目線の動きが、イームズの家具デザインとどう関連していたと思いますか?」とポランにはもう聞けなくなったんだ・・・と、やはり今朝、ポラン夫人の「あまりに突然の死で、まだ本当とは信じられない」というメールを受け取り、あれやこれや思うのでした。

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Category さまざまなデザイン, 本を読む | Author 安西 洋之