日本の「ものづくり」「市場づくり」の問題点を指摘する(3)

先週の日曜日、三島に向かうべく東海道線の「踊り子号」で日経新聞を広げると、明治大学の管啓次郎さんが「半歩遅れの読書術」で林達夫と久野収の『思想のドラマトゥルギー』を取り上げていてニヤリ。実は、管さんの大学院ゼミの外部生として、ぼくは彼に36冊のリストを送ってあったのですが、このなかの「1.考え方・感じ方・判断力の核をなす12冊」に僕もこの本を入れていました。そして、読書欄の同じ紙面に社会学者の宮台真司『日本の難点』が、専門に閉じこもらずに一人で全体を捕まえる態度という観点から評価されているのを読み、その後、書店でこの本を買いました。まだ読んでいませんが、「一人で欧州文化を理解」する必要性を説いているぼくと通じるところがあるのでは、と思ったのです。

三島では社会学者の八幡さんのご自宅を訪ね、ほぼ半日間、雑談を交わしました。そのなかで印象的だったのは、近世以降のヨーロッパも対外進出に関して、かなりオドオドしながら進めた節もあるという点です。戦略的に世界を考え進出を実行したのは、20世紀後半以降の米国であり、これをもってかつてのヨーロッパもそうであったろうと想像している傾向が日本にはあるという指摘でした。また、ぼくは上記の36冊にバーガー=ルックマン『日常世界の構成』も入れていますが、この本は発表当初、「哲学的過ぎる」と数量的に社会を把握することが主流だった時代に批評されました。しかし、今の米国の社会学の主流は、この「主観の共有」という方向であり、歴史社会学へ向かっているといいます。これらを聞いて、「なるほど」と思うことしきりでした。

milanmalpensa

週の中盤、千葉工業大学の山崎和彦さんと会って話している中で、ぼくが「どうして、日本のメーカーは、ユニバーサルということが何なのかということを考えないのでしょうね」というと、山崎さんはIBM時代のPCデザインの経験を話してくれました。米国、ヨーロッパ、日本で何が共通なのかというフィールド調査をして、それを踏まえたうえで商品企画をしていたようです。それと同じような手法をとっている日本のメーカーはあまり聞いたことがないと話していました。そこで八幡さんと話した、EUは戦略的な進出には目を光らせるーマイクロソフトへの独占禁止法の適用ーが、「オドオドした」アプローチには寛大だという内容を思い出し、「柔らかい戦略」が肝心なのだろうと考えるに至ります。

その日の夕方、明治大学の管さんとゼミ生さんと管さんのかつての同僚である芥川賞作家の堀江敏幸さんの写真展を見た帰り、やはりぼくはユニバーサルとは何かを懲りず(?)に酒の肴にしました。文化人類学では生態的な、つまりは色覚とかそういう部分にユニバーサル性を適用しますが、それ以上に対する「ユニバーサル」は、自分で結論を出すしかないのだろうな・・・と、ぼくは帰途考えるのでした。これは、まさしく「主観性の共有」という世界なのだろう、と。

そして、日本滞在日の最後、放送大学の黒須正明さんと酒を飲みました。話題は黒須さんが提唱している人工物発達学です。フォークやナイフの発達や食について議論しながら、ぼくがひとつ強調したことがあります。それは食も学習効果ゆえに「美味しい」という表現が出るということです。西洋人が刺身や寿司を生まれて初めて食べて「美味しい」と思うことは非常に稀であり、そのために海外の寿司は当初、魚を生でなく炙って使うなどの工夫が必要だったわけです。音楽も、サッカーも、すべてルールを知った上でないと「世界の人たちと心の交流ができない」という事実を認識することが大事なんだろうと思います。そういう意味で、「ユニバーサルとは学習結果である」という言い方が許されるかもしれない・・・・。これが、ますます、ぼくの今後の活動のテーマになるかもしれないと思いながら、昨晩、ミラノに戻りました。

尚、六本木のアカデミーヒルズでのライブラリートークの様子は以下で紹介されています。

http://www.academyhills.com/library/event/LT090529.html

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Category セミナー・講演など | Author 安西 洋之