ミラノサローネ 2009(41) 4月22日-1

ma11

見本市会場でのサローネ開幕日ですが、ぼくは行きません。なぜか? それは初日に出かけても、ビジネスの動きが分からないからです。新しい郊外の会場になってから、サローネに行くのは一日だけ。それなら最初のフィードバックを得た後に出かけたほうが、出展者に「今年のビジネスはどう?」と聞けます。サローネはデザインの傾向を知るというより、市場の動きを見るために行くのです。フオーリサローネで(広義の)デザイン動向を探ります。そこで今日は上の写真のオブジェを横に見て王宮に出かけました。昨日紹介したイタリアの家具の歴史500年を見せたものです。これはサローネを主催しているCOSMIT(イタリア家具協会)がイニシアチブをとっています。ルネサンスから時代ごとに家具が展示してあるのですが、タイポロジーにあわせ20世紀の家具が同時に見れるようになっています。用途、フォルム、表現様式、その分類は複数の観点からなっていると理解しましたが、例えば、バロック時代の家具の部屋にメンフィスのソットサスの作品があるというわけです。

ms2

王宮を出た後、Via Durini に向いました。カッシーナやB&Bがあるインテリア通りです。B&Bでは、心地よさや健康というキーワードが思い浮かぶ空間を作っています。真ん中のテーブルに冷たいワインでも置き、ややまどろみながら、軽い冗談でも交し合う。正面に見詰め合う億劫さはない、「斜めの視線の心地よさ」を表現しているのが、上の二つのチェアの置き方でしょう。ぼくが「アッ、そうか!!」と思ったのは、カッシーナに入ってです。壁面にクラシックな絵画風な背景があります。いわゆる本物らしいコピー版ではなく、あくまでもポスター的なコピーであり、それも(多分)わざと組み合わせをずらしています。

ms4

これは今までの歴史の使い方ではない。そう思いました。昨年、カッシーナはマエストロと自社製品の歴史を展示しましたが、それは自社ブランドを歴史によって位置づけさせる意図が出ています。しかし、これは違います。王宮でみた歴史の扱い方に近いのです。

ms3

今までの歴史の扱い方は、歴史を味方につけることで自分の位置を明確にしプレスティージを与えるか、あるいはファッションにもあったように、70年代のセンス、60年代のセンスの復活でした。しかし、今日ぼくが思ったのは、ある意味で、価値検証を目指すための歴史(時間)の解体作業と編集作業に近づいているということです。もう何十年も西欧近代主義の終焉が盛んに語られてきたなかで、いったい西欧の使える価値とは何なのか?を積極的に見せているように思います。懐古趣味とみるのは間違いです

ms5

メンディーニのSettecento(18世紀)という作品は、別のショールームですが、ぼくもこれは懐古趣味とは違うと考えました。伊藤節さんとの話しにあったような、東洋の自然主義で何が作れるか?という疑問に対する、もう一方からの提案ではないかと考えました。この歴史の解体という問題を意識すると、オリヴェッティの古いタイプライターをデコレーションにおいただけではテーマに肉薄しえないなと思えてきます。これはファッションです。

ms6

つまり、ダ・ドリアーデで壁画の前にあるコンテンポラリーのデザインを「対照性」という文脈でとり、そのコントラストの面白さ素晴らしさに感激するのとは別の次元のリアリティが求められているのだと思います。

ms8

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category ミラノサローネ2009 | Author 安西 洋之