2008 ミラノサローネ(13) サブカルチャー

昨日の続きです。「日本画やサブカルチャーをベースとした作品が突然でてきたことに疑問をもっていたようです。もしかしたら、これらの作品が自分が知っている現代美術のコンテクストを汲んでいないことに、違和感があったのかもしれません。」と書きましたが、もちろん、皆がそう思っているわけではありません。サブカルチャーをベースとした作品が分かりやすくてよいという人たちもいます。実際、それで市場もあります。

それでは日本のアートのどこが説明不足なのでしょうか。ハイカルチャーとサブカルチャーとあえて分けたとき、ハイカルチャーの流れがよく見えないようです。 「サブカルチャーだけでアートの流れがあるわけじゃないだろう」という問いかけに、これこれしかじかですという答えができないのです。ハイとサブの両方があってよいのですが、サブがハイにいく回路、ハイがサブにいく回路、この回路が詰まっていてはいけないのです。

hirose3

またハイがあってこそのサブであり、サブがあってこそハイです。「日本はアニメ生産国でやっていく」と宣言してもいいですが、それはビジネスのあくまでも一部であり、ハイカルチャーの充実をおろそかにしてよいということではありません。このコンテクストを作っていく意識を忘れてはいけません。これをしないと継続性のない、一過性の風景だけが展開されていくことになります。それではヨーロッパの人たちが、日本のアートを十分に理解できません。

本人は、日本人であることを特に意識していなくても、あるいは日本の文脈を離れた作品を作っていると思っていても、作品のどこかに日本文化の特性がヨーロッパの人にはいやおうなしに見えてしまう。これは肯定的でも否定的な評価でもなく、一つの現実として受け入れないといけないことでしょう。そのどうしても染み出てくる日本をどう自覚し説明していくか、これが日本のデザインをヨーロッパに紹介していくときにも大切なポイントになってきます。

 

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

Category さまざまなデザイン, ミラノサローネ2008 | Author 安西 洋之