2008 ミラノサローネ(9) 記憶

文化の違いは極めて流動的です。あまり固定的に考えてはいけません。いろいろな要素と工夫が入り混じって、それらがお互いにぶつかり合ったり、手をつないだりするのです。大理石のうえに浮かぶ花びらと壁にかけられたペインティング。しかし、このペインティングも豆を素材として使い、どちらかといえばインスタレーションというカテゴリーに入るかもしれません。こうして、この作家は、あらゆる存在に「君、本当にそれでいいの?もっと違う見方をされたいんじゃないの?」と一つ一つ聞いていくわけですね。

そして時を経て残る記憶も同様に大切にします。 でも人の記憶のキャパには限りがあります。だんだん鮮明さが薄れ、カラーはセピア色に変色していきます。あるいはスピルバーグ『シンドラーズリスト』のよ うに、モノクロをバックにポイントだけ赤い少女の姿が見えるかもしれません。が、青は青であり、青を赤とは記憶しないでしょう。「青だったろうな」というボンヤリとしたイメージが頭の中に残ります。下の作品は薄らいでいく記憶のなかで残っていく形ってなんだろう・・・そんなことを考えさせてくれます。

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ここにあるのはオーガニックな形ですね。作家は、日本そのものを表現するのではなく、西洋そのものを表現するものでもなく、そこに浮遊するあり方をいろいろなアングルから見せてくれています。菊の花やはかなさは日本の象徴と言われやすいエレメントです。が、それらがあるカテゴリーのなかで提示されるからそう思われるのであって、西洋のコンテクストのなかでも十分に「嵌る」駒です。

この作家は日本人です。彼は「展示しておけば分かってくれるだろう」とは考えませんでした。極めてロジカルにヨーロッパの人たちに、彼の趣旨を丁寧に話していったのです。

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Category さまざまなデザイン, ミラノサローネ2008 | Author 安西 洋之