ミラノサローネ 2009(31) 伊藤節さんと語るー2

前回書いたように、この10年くらいでミラノサローネを巡る風景は大きく変わりました。分野、規模、それぞれに大きくなり、デザインウィークとしては圧倒的な力を持つに至りました。パリやケルンあるいはロンドンにはない集客力を誇っています。しかし、それと同時に、独特のテイストとでも呼ぶべきものが喪失していく過程でもあったかもしれません。伊藤節さんは、「それこそ文字通り、サロン的なよさみたいなのが消え、サローネはただひたすらに忙しい日々という感じになってしまいましたね」と話します。このイベントをミラノという場所でやる意味がどこにあるのか?NYでもいいのではないか? ということを自問せざるをえない気持ちになるようです。

巨匠も含め久しぶりに会う人達との年1回の大切なひと時ではなくなり、デザイナーはそれぞれ自分の発信に大忙しで、友人や仲間の作品を見るために各所に足を運ぶということが至難の業になったといいます。伊藤さんも、去年は最後の日に駆け足で見学したとのこと。アルキミア、マンジャロッティと経験して独立した伊藤さんからすると、20年前のキラ星のごとくいた巨匠たち、それこそ若いとき胸がわくわくしてたまらないデザイナー達がこの世からいなくなってきた最近は、「どうしても見ておきたい」というモチベーションが下がっているのかもしれません。

ito_goenenta_euro3plust

世界中のデザイナーから熱心なアプローチをうけ、スタジオに呼んで会って話してみると、ソットサスを知らなかったりする。すると伊藤さんはがっかりしてしまいます。「ソットサスより、ぼくが有名だなんて・・・」「ネットで沢山名前が出てくれば、それで評価の高いデザイナーと思ってしまう風潮があるようで・・・」 と。確かにそういう傾向はあるでしょう。しかし、どの時代に共通の「時代の変遷」としかいいようがない現象の一つでもあります。

こういうなかで、サローネ時期に数多出品されるプロトタイプの作品をどう思うか聞いてみました。新作出品の8割がたはプロトとも言われます。サローネでの評判をみて、量産するかどうか決めることが多いのです。

「ぼくの経験では、モノになるのはかなり低い確率です。つまり量産に繋がらないってことです。今、ぼくは量産になると決まった作品しかやりません。プロトにはヘキヘキです。先行投資にしては効率が悪すぎるのです」「量産になる作品というのは、世の中に以前見せたデザインではだめで、かつメーカーの商品戦略に沿っていないといけないわけですね」

そういう意味でいうと、見本市会場の横で実施されるサテリテはデザイナー自身の戦略を含めた「感性」のプレゼンテーションの場であり、それに対するフィードバックから何かが生まれることを期待する場所だ、と伊藤さんは説明します。そこに発表した作品にメーカーの人が来て、そこで本当にビジネスが生まれるか?といえば、それは期待薄と言うべきだ、と。ビジネスは、そこで生まれるかもしれない人間関係の「次」にくるものだからです。

<写真はEURO3PLUSTのGOEN+ENTAです>

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Category さまざまなデザイン, ミラノサローネ2009 | Author 安西 洋之