ミラノサローネ2009(28)-ジュエリー作家の刃物
Date:09/3/30
西洋料理に日本の包丁が使われるようになっていけば、料理そのものも変わっていくということを、ロレンツィとの雑談以来、考えています。ナイフを横に寝かせながら、刺身を作っていくようなことがなかった西洋料理に、日本の包丁が入っていけば、まず料理の形が変わっていくはずです。もう既に長い間、フランス料理のヌーヴェルキュジーヌを筆頭に日本料理の要素は入り込んでいますが、これが家庭料理のなかで日本の包丁がどういう変化を生んでいるのだろうということを思います。

昨晩、ジュエリー作家の廣瀬千春さんが我が家に遊びに来てくれたので、ジュエリーを作る道具も持参してもらいました。彼女が思っている日本の刃物の使い方との大きな違いは、「日本では一回の動作でスパツと決めがちで、イタリアでは何回も動かしながら削りだすという感じがありますね」と語ります。ぼくは、以前サッカーのJリーグ監督が話してくれた「日本のスポーツはトーナメント戦で勝つことを優先しますが、ヨーロッパはリーグ戦の文化が強いですね」という台詞を脈絡なく思い出してしまったのですが、この「一発勝負重視」といいのは刃物の使い方にも関係がありそうです。

上の写真で、左はイタリアで買ったもので、右側は日本で買ったものです。下の写真の道具は、イタリア人のマエストロ愛用のものと同じです。

彼女が日本の現場をみて印象に残ったもう一つは、刃物を自分自身に向けて柄の底を叩いていく風景でした。マエストロのところでは必ず体の向きと並行に動かしていました。彼女は、約20年来の友人であるコンテンポラリーアーティストの村上隆さんから、「作品はどんどん作れ。コンセプトなんか後からついてくる」と言われた言葉がいつも頭になかに残っていて、とにかく手を動かして作ることに集中しています。もちろんコンセプトが後回しでいいということではなく、コンセプトつくりも並行するのですが、「コンセプトありき」のつんのめり姿勢を戒めた言葉だと思います。

因みに、今、廣瀬千春さんのテーマは「編む」です。レースや籠とか、ああいう絡み合ったものが気になってしかたがなく、独立性より関係性が興味の中心にあります。一つだけで何かを表現するのではなく、二つ以上のものを繋げてもう一つの世界を見せるという発想です。そういえば、ミラノのトリエンナーレで今月やっていた展覧会も、編んだものが主題になっていました(下記のDritto Rovescio)。
http://www.triennaledesignmuseum.it/mostre
最後におまけ。最近の我が家でのブーム、ロセッンティが昨晩の前菜でした。触感もよく美味です。







