ミラノサローネ 2009(17)ー欧州各国の新聞を読む

ぼくは今年に入ってから、毎朝、自分に課していることがあります。それはヨーロッパ各国の新聞・雑誌オンラインを読むことです。対象国は10カ国で14-5のオンラインをチェックします。全て丁寧に読むわけにもいかないので、トップページの見出しをみて、興味のもてる記事をざっと読んでいきます。30分から一時間です。一人の視点でヨーロッパのことを理解するための訓練と考えています。

当然のことながら、全てその国の言葉でのオンラインを読めません。国によって英語のダイジェスト版を読まざるを得ないのはいたし方ないです。その場合、かなりのバイアスがかかっているのが明らかに分かることもあります。しかし、例えば英国の新聞でリトアニアの記事を読むだけでなく、リトアニアの英語の新聞を読むことで、若干の多元性は獲得できるのではないか。そう考えるのです。

ぼくは英語圏に住んでいないので、世の中全て英語で情報がとれるという考え方を幸いながらもつことはありません。イタリアの新聞が書いているイタリアの事件が、英国紙で報道される内容とギャップがあるのを感覚として知っていれば、英語で分かることは限定されたことである、という注意を払います。英語の雑誌が書いている日本記事に違和感をもつのと同様です。これが英語国民ではない人間の強みだと思います。

拙著『ヨーロッパの目 日本の目』で言いたかったのは、こういうことです。一人の目でヨーロッパを見て総括的に語ることを恐れてはいけないということです。それぞれの国の言葉や文化を知る、それぞれの人間を担当とし、それらを統括しないといけないのではないか?という思いに多くの人がとりつかれている。これはよくない。そう考えたのです。そういう恐怖心を無意識にでももっていると、いつまでたっても、自分で行動することができません。

書斎で思索に耽るためではなく、実際にコトをおこすためのヨーロッパ文化の理解が必要だとぼくは考えました。そのためには、いちいち人に頼るのではなく、自分で「これだ!」という分かり方をしないといけないのです。これはミラノサローネの見方もそうです。誰かエキスパートのトレンドリサーチや総括を聞かないと、自分の意見や感想を述べられないということではいけません。どんどん発信すべきです。去年、ミラノサローネ2008でブログ検索をしても、そういったエントリーが思いのほか少なかったです。ただ、他人の感想も注意深く聞くことを忘れてはいけないのでしょう。

このエントリーは、先に書いた文章と関連しています。

http://milano.metrocs.jp/archives/971

尚、新聞オンラインチェック結果は以下にメモを書いています。

http://blog.goo.ne.jp/anzai-hiroyuki/

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Category さまざまなデザイン, ミラノサローネ2009 | Author 安西 洋之