Date:17/6/23

ベルガンティ『突破するデザイン』が来週発売になりますが、この出版にあわせベルガンティの講演会が行われます。

7月15日(土曜日)は東京大学福武ホール、7月17日は立命館大学いばらきキャンパスです。タイトルは「イノベーションをデザインする デザイン・ドリブン・イノベーションの意義と展開」。申し込みは、左のタイトルをクリックして詳細ご覧ください。

また、これらのイベントとは別に、ベルガンティの意味のイノベーションについて多く触れた『デザインの次に来るもの』をテーマにしたトークショーがあります。7月19日は大阪蔦屋書店のマザーハウスで19:30-21:30 「デザインの次に来るもの ~マザーハウスが考えるデザインと経営~」マザーハウス副社長・山崎大祐さん+共著者の立命館大学教授の八重樫文さん+ぼく で話します。7月21日は青山ブックセンターで19:15-20:45 ぼくと八重樫文さんでお話します。詳細はこちらです。

というわけでベルガンティと「意味のイノベーション」漬けの7月です。

 

<7月15日 東京大学福武ホール 14:00-17:00 >

趣旨説明

山内祐平(東京大学大学院情報学環教授)
八重樫文(立命館大学デザイン科学研究センター長/経営学部教授)
「日本におけるデザイン・ドリブン・イノベーションの今日的意義」

基調講演

ロベルト・ベルガンティ(ミラノ工科大学教授)
「デザイン・ドリブン・イノベーションの意義と展開」

パネルディスカッション

日本のデザイン・イノベーション研究に従事する若手研究者と、ベルガンティ教授が、デザインとイノベーションについて深く議論します。

パネラー:
後藤智 (東洋学園大学現代経営学部専任講師)
重本祐樹(慶応大学政策・メディア研究科特任助教)
安斎勇樹(東京大学大学院情報学環特任助教)

<7月17日 立命館大学いばらきキャンパス 10:00-12:00  13:30-16:00 >

第一部 シンポジウム 10:00-12:00

趣旨説明

八重樫文(立命館大学デザイン科学研究センター長/経営学部教授)
「日本におけるデザイン・ドリブン・イノベーションの今日的意義」

基調講演

ロベルト・ベルガンティ(ミラノ工科大学教授)
「デザイン・ドリブン・イノベーションの意義と展開」

パネルディスカッション

日本のデザイン・ドリブン・イノベーションに関する若手研究者と、ベルガンティ教授が、デザインとイノベーションについて深く議論します。

パネラー:
後藤智 (東洋学園大学現代経営学部専任講師)
重本祐樹(慶応大学政策・メディア研究科特任助教)

第2部 学生とのディスカッション 13:30-16:00

内容

学生・院生による研究発表とディスカッション
立命館大学のイノベーション教育に参加している学生・院生と、ベルガンティ教授が、深く議論します。

 

 

 

Category: さまざまなデザイン | Author 安西 洋之  | 
Date:17/6/20

この本『突破するデザインーあふれるビジョンから最高のヒットを創る』の監訳・日本語版解説を担当しているのでレビューに入れるのは正確ではないのですが、著者が他人なのでレビューに入れておきます。とはいうものの、立場が完全な読者でもないので裏話をしましょう。

 

デザインの次に来るもの』の「はじめに」でも書いたのですが、正直、ミラノ工科大学ビジネススクールでイノベーションを教えるベルガンティとこんなにも深い付き合いになるとは昨年の5月まで想像もしていませんでした。ベルガンティの『デザイン・ドリブン・イノベーション』を訳した立命館大学経営学部でデザインマネジメントを研究している八重樫文さんに、ミラノのワインバーで本を頂いたのがきっかけです。それまで、この本の存在は知っていても全然食指が動かなった。経営学の専門家が書いたデザインの本が面白いわけがない、と強烈な偏見をもっていたのですね。しかし、実際に読み始めたら俄然面白かったのです。そこで、ベルガンティの主張にもっと日本でも耳を傾けてもらうことをやった方がいいと八重樫さんと話し、いろいろとスタートしました(『デザイン・ドリブン・イノベーション」は北米や欧州に比べ、日本の反応が鈍かったのです)。

まず、その時点で『デザイン・ドリブン・イノベーション』の再版予定がないと判明したので、クロスメディアパブリッシングの吉田倫哉さんに頼んで、オンデマンドとキンドル版のプロジェクトを引き受けてもらいました。これなら販売実績に関わらず絶版になりません。一方でベルガンティが書いていることが、日本の読者に分かりにくい部分もあるし、だいたいデザインマネジメントが世間で言われるほどに、「デザインと経営がどうつながるの?」「デザインとイノベーションがどういう関係があるの?」というテーマが、歴史的・地理的(文化的)に俯瞰して一般向けに整理されていないと考え、八重樫さんとの共著で本を書くことになったのです。

 

一方でベルガンティの同僚たちと欧州委員会のイノベーション政策の現状を見聞するにつけ、「欧州ではデザイン思考とデザイン・ドリブン・イノベーションの両輪で推進しているのに、日本でのデザイン思考一本やりは危ないなあ」と感じるようになります。またデザインの地位向上ばかりに浮足立っている、つまりは何から何までデザインのおかげとしたがる流れもロクなことにならないと前々から思っていたことがむくむくと大きくなってきます。こうした原稿を書いているうちに、ベルガンティの前々から出ると言われながらずっと遅れていた新著の原稿を読むことになります。「これならいける!」と思いました。というのも『デザイン・ドリブン・イノベーション』はいわば研究知です。だから、これをどう実践的に使えば良いのかが分からないという人が多かったのです。しかし、MITプレスから出る『Overcrowded 』は、実践の書だったのです。ベルガンティとそのチームがこの10年、研究知から実践を試みた結果獲得したことが書いてありました。『デザインの次に来るもの』の趣旨もより自信をもって伝えられると確信をもちました。

 

日本語版の帯び付きのカバーを見ていただくと、この「実践」の意図が分かるでしょう。この日本語版を出すには日経BP社の長友真理さんのご尽力があり、なんとか英語版出版の2月からあまり時間を経ずに出版できることになりました。実践編というと、単なるノウハウ本のように思われるかもしれませんが、ここでの実践とは「ユーザー」ではなく「人間」を相手にした時に「人々が愛して欲しいと(私が)願うものは何か?」を考えることを起点とします。とても深いのです。ですから、「深く考えるにはどうですれば良いか?」ということが、ここには書いてあります。「ニーズ」や「ソリューション」が必要でないわけではないのですが、こうした次元のイノベーションの手法やツールは十分にあります。オープンイノベーション、クラウドソーシング、デザイン思考・・・・と。他方、人の心を捉えて離さないモノゴトをつくる手法やツールはあまりに未開拓であるとの認識を踏まえ、いわば「ブルーオーシャン戦略」の実践編が、本書という位置づけになります。

 

その手法などについては、これからいろいろなところに書いていきます。尚、まだ告知がされていませんが、ベルガンティは7月に日本の複数の箇所で講演会をします。この本を読んで、是非、話も聞いてみてください。

 

 

Category: 本を読む | Author 安西 洋之  | 
Date:17/4/23

イタリアはイースターから25日までの戦勝記念日、場合によっては5月1日まで非公式GWという感じなので、結構、最近のリズムはゆるいです。先日は、サテリテの20周年記念の展覧会を再度見てきました。あるジャンルの作品に絞り、デザイナーによってどうバリエーションが違うかをみてきました。誰がどういうバックグランドかということを個々にチェックしているわけではないですが、おかれる空間の設計から関わる人と、それに関わらない人ではプロダクトデザインの出来は違うなあ、ということを考えながら眺めていました。建築家とよく話すのですが、建築家とインテリアデザイナーの違いとして空間にみえるのは、建築家の方がより三次元的に考えられていることが多い、ということです。比喩としてはちょっと的はすれなのですが、インパクトの距離という観点でいうと、アーティストの作品とデザイナーの「アート風作品」の差ほどにあるのですね。似て非なるもの、という表現の一つの適用例になります(当然ながら、逆の立場から同じことが言えます)。

さて、このイタリア版GWの前に『デザインの次に来るもの これからの商品は「意味」を考える』のもろもろの作業が終わり、明日、無事に発売のはこびになりました。で、雑誌の連載などまだまだ書かなくてはいけない原稿はあるのですが、少々インプットが欲しくなり、高橋幸治さんの『メディア、編集、テクノロージ』を読みました。デザイン思考というデザイナーの思考に汎用性があるものとするならば、編集思考も同様のことが言える、との趣旨を読んで「そうか、デザイン思考の功績は、エキスパート思考が他分野に普及する確信を多くの人に与えたことなのか」と思いました。ぼくも新著のなかで、医者は人間の生活をバランスよく見る、という見方のエキスパートであり、歴史家は時代による浮き沈みを公平な目でみるプロである、ということを書きました。しかし歴史家の考え方は「教養」という範囲で捉えられるのが一般的なところ、IDEOはデザイン思考を「ビジネス素養」まで飛距離を伸ばしたわけです(もちろん、ビジネス素養よりも教養の方が強い、というのが本当のところですが)。

編集の力といえば松岡正剛さんの編集工学を思い起こすのですが、あらためてサイトで趣旨を読んで思うのは、松岡さんよりも高橋さんの方が「非編集者」への普及に想いが強いなあということです。松岡さんが編集の力という存在を認識させたのに対し、高橋さんは、その力を特殊能力としてではなく、一般の人たちが使いこなすにはどうすれば良いかに心を砕いている。これはデザイン思考がデザイナーの枠を越えてビジネスパーソン向けに適用したとの同様のパターンを編集でも考察すべきではないか、という提案になっているわけです。したがって編集の専門学校で教えるテクニックではないところに焦点を絞る必要性を感じているのですね。

それにしても、何か縁があるなあ、と思います。何がって、ぼくの本では意味のイノベーションについて書いていて、ものすごく久しぶりに読んだ松岡さんのサイトに以下のようなフレーズがあります。

21世紀はこれらの情報群を「意味」のために問いなおし、そこに新たな「方法」を組みこむための徹底編集に向かう時代です。国も企業も地方も学校も、情報と知識を編集的に組みなおし、新たな意味と価値をさぐるべく 意味を工学する必要が出てきています。21 世紀は「方法の世紀」なのです。

編集工学はこうした渇望に応えるために生みだされてきました。編集は新聞や雑誌や映画などのメディア用にあるとはかぎりません。社会と市場に絡まっている膨大な情報群から、大小の意味をプロセス別に仕分け、そこから 必要な価値を見いだす方法なのです。

<中略>

編集工学研究所は、来たるべき「意味の市場」の先端を見据えます。そして、日本が取り残してきた課題を果敢に拾っていきたいと思います。

なるほど、です。編集工学におけるキーワードは「意味」だったのですね。ぼくの本では、世の中はコンテクストの解釈より成立し、そこで意味が生まれるというわけで、解釈と意味がキーです。で、高橋さんの本も、解釈にものすごく力を入れています。一方、欧州のビジネス文化のこの数十年の流れをいうと、解釈→過剰解釈へ距離をとる→解釈の再評価 というところだと思うのですが、解釈の受け皿というか土壌の豊穣具合が、意味が「豊穣かどうか」に繋がっていくのでしょう。

因みに、ミラノサローネに関するぼくのこのブログは、解釈と意味を問うてきたのですが、そのサローネ解釈のためのベーシックな情報をあらためてサンケイビズの連載に「人とは何か」を常に思考の真ん中に サローネで再認識したこと として書いておきました。高橋さんの本を読んでいても感じたのですが、「Human 」と「User」 と「人間」との三つの言葉の間には溝があります。これが解釈や意味を論じる時に、差として浮上してきます。

Category: ミラノサローネ2017 | Author 安西 洋之  | 
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